花は夜に咲く

仕事が終わるころには、日付が変わっていた。


「お疲れさまです、スミさん」


スタッフに軽く会釈して店を出る。


夜風が頬に触れて、ひんやりと心地よかった。


表通りのネオンはまだ明るいけれど、一歩裏に入ると、街の音が急に遠ざかる。


ヒールの音が、コツコツと静かな路地に響いた。


いつも通っている帰り道。


けれど、今日は空気が違っていた。


風が止み、耳の奥が妙に静かになる。


そのとき――


カツン。


小さな足音が、背後から聞こえた。


一度だけ。


でも、確かに。


立ち止まって振り返る。


街灯がひとつ、オレンジ色に瞬いた。


けれどそこには、誰の姿もない。


背中を冷たい汗が伝う。


イヤホンを外すと、遠くの車の音さえ聞こえない。


世界に、自分ひとりしかいないみたいだった。