「いらっしゃいませ」


店の照明が、ゆっくりと夜の色を深めていく。


クリスタルのグラスが淡く光り、笑い声が心地よく響く。


私はその中心で、いつも通りの笑顔を浮かべていた。


「スミちゃん、今日も綺麗だね」


「ありがとうございます。社長さんもお元気そうで」


口にする言葉はいつも同じ。


表情も、声のトーンも、完璧に整えてある。


それなのに――
今夜は、何かが少し違った。


背中のあたりが、ずっとざわついている。


誰かに見られているような感覚。


でも、視線を感じる方向には何もない。


氷がグラスの中で小さく揺れた。


その音が、なぜか妙に耳に残る。


「スミさん、大丈夫ですか?」


隣のキャストに声をかけられて、我に返る。


「ええ、平気よ」


笑顔を作ってごまかす。


けれど心の奥で、誰かの足音が近づいてくるような気がしていた。