部屋のテーブルいっぱいに広げたのは、分厚い天文学の本。
ページの上には付箋と赤ペン、そして眠気で霞んだ目。
「近日点(きんじつてん)……惑星が太陽に最も近づく位置。逆行(ぎゃっこう)……惑星が見かけ上、逆に動く現象。黄道……太陽が一年かけて通る道……」
ぶつぶつと呟きながら、ノートに書き写していく。
「トランジット……惑星が他の星の前を通る現象。近日点移動……軌道がズレていくこと……って、なにこれ!難しすぎるよー!」
髪をかきむしる。時計を見ると、針は朝の6時を指していた。
「やばい。もう朝だ。撮影行かないと!」
顔もろくに整えず、さえは家を飛び出した。
⸻
撮影現場に着くと、スタッフが慌ただしく動き回っている。
「おはようございます!」と頭を下げると、マネージャーが目を丸くした。
「さえちゃん、どうしたの?その顔。寝てないでしょ?」
「ちょっとだけ……惑星の勉強してたら夜が明けてました。」
「え、なんの勉強!?」
「いや、なんでも……ないです……」
⸻
昼休憩。
現場の隅で、マナトがひとり静かに昼食を取っていた。
ふと見ると、彼の手元には――あの本。
(……惑星の本!?)
心臓が跳ねた。
無意識に駆け寄っていた。
「ま、マナトさん!」
マナトは少し驚いたように顔を上げ、わずかに眉を寄せた。
「……どうかしました?」
(あ、やばい。嫌そう。)
それでも勇気を振り絞って、言葉を絞り出す。
「その……惑星、お好きなんですか?」
マナトの表情がふっと和らぐ。
「はい。もしかして、さえさんも?」
(き、きたぁぁぁぁぁ!!!!!)
「は、はい!そうなんです!」
「ほんとに?めっちゃ嬉しい。」
その瞬間、彼が初めて見せた“素”の笑顔に、息が止まる。
「あの……それ、“トラピスト1”の惑星系ですよね?」
「え?知ってるんですか?」と目を輝かせるマナト。
「えっと……はいっ!七つの惑星が兄弟みたいに並んでて……」
「そうです!僕、あれすごく好きで。特に“e”がかわいくて。」
(……か、かわいい!?惑星が!?)
「距離もサイズもちょうどいい感じで、なんか“真ん中っ子感”があるじゃないですか。」
(真ん中っ子感!?推し、想像力のベクトルが宇宙規模なんだけど!?)
「でも“f”も好きなんです。夜が長いから、ちょっとロマンチックで。」
(……この人、まさか惑星を恋愛対象として見てる!?)
「すみません、変ですよね。惑星に性格つけるなんて。」
「い、いえ!全然!私も“f”推しです!」(とっさに合わせた)
「ほんとですか!?“f”推し、初めて会いました!」
嬉しそうに笑うその顔が、眩しすぎて――
(え、かわいい。ギャップすぎる。尊すぎる。死ぬ。)
⸻
この日、さえは悟った。
「惑星の話」は、彼の心に一番近づける唯一の重力だった。
ページの上には付箋と赤ペン、そして眠気で霞んだ目。
「近日点(きんじつてん)……惑星が太陽に最も近づく位置。逆行(ぎゃっこう)……惑星が見かけ上、逆に動く現象。黄道……太陽が一年かけて通る道……」
ぶつぶつと呟きながら、ノートに書き写していく。
「トランジット……惑星が他の星の前を通る現象。近日点移動……軌道がズレていくこと……って、なにこれ!難しすぎるよー!」
髪をかきむしる。時計を見ると、針は朝の6時を指していた。
「やばい。もう朝だ。撮影行かないと!」
顔もろくに整えず、さえは家を飛び出した。
⸻
撮影現場に着くと、スタッフが慌ただしく動き回っている。
「おはようございます!」と頭を下げると、マネージャーが目を丸くした。
「さえちゃん、どうしたの?その顔。寝てないでしょ?」
「ちょっとだけ……惑星の勉強してたら夜が明けてました。」
「え、なんの勉強!?」
「いや、なんでも……ないです……」
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昼休憩。
現場の隅で、マナトがひとり静かに昼食を取っていた。
ふと見ると、彼の手元には――あの本。
(……惑星の本!?)
心臓が跳ねた。
無意識に駆け寄っていた。
「ま、マナトさん!」
マナトは少し驚いたように顔を上げ、わずかに眉を寄せた。
「……どうかしました?」
(あ、やばい。嫌そう。)
それでも勇気を振り絞って、言葉を絞り出す。
「その……惑星、お好きなんですか?」
マナトの表情がふっと和らぐ。
「はい。もしかして、さえさんも?」
(き、きたぁぁぁぁぁ!!!!!)
「は、はい!そうなんです!」
「ほんとに?めっちゃ嬉しい。」
その瞬間、彼が初めて見せた“素”の笑顔に、息が止まる。
「あの……それ、“トラピスト1”の惑星系ですよね?」
「え?知ってるんですか?」と目を輝かせるマナト。
「えっと……はいっ!七つの惑星が兄弟みたいに並んでて……」
「そうです!僕、あれすごく好きで。特に“e”がかわいくて。」
(……か、かわいい!?惑星が!?)
「距離もサイズもちょうどいい感じで、なんか“真ん中っ子感”があるじゃないですか。」
(真ん中っ子感!?推し、想像力のベクトルが宇宙規模なんだけど!?)
「でも“f”も好きなんです。夜が長いから、ちょっとロマンチックで。」
(……この人、まさか惑星を恋愛対象として見てる!?)
「すみません、変ですよね。惑星に性格つけるなんて。」
「い、いえ!全然!私も“f”推しです!」(とっさに合わせた)
「ほんとですか!?“f”推し、初めて会いました!」
嬉しそうに笑うその顔が、眩しすぎて――
(え、かわいい。ギャップすぎる。尊すぎる。死ぬ。)
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この日、さえは悟った。
「惑星の話」は、彼の心に一番近づける唯一の重力だった。



