「おはようございます。佐藤さえさん、入られます。」

控え室のドアを開けた瞬間、眩しいライトとざわめきが一斉に押し寄せた。
「おはようございます。よろしくお願いします。」
深呼吸して笑顔を作る。これが、今や国民的ヒロインと呼ばれる佐藤さえの“ON”スイッチ。

「よろしくお願いします。」

スタッフの笑顔に軽く会釈しながら、心の奥では全く別のことを考えていた。

――佐藤さえ。二十二歳。
数々の恋愛ドラマでヒロインを務め、今年はついに朝ドラの主演に抜擢された。
誰もが羨むシンデレラストーリーの中を歩いている、そう言われている私。
でも、そんな私には――絶対に知られてはいけない秘密がある。

「それでは今からインスタライブの方、始めさせていただきます。」

スタッフの声に、心臓が一瞬だけ早く跳ねた。

「さえちゃーん!こっちこっち!」
満面の笑みで手を振るのは、共演者の女優・みみちゃん。
「す、すみません。遅れました。おはようございます。」
慌てて駆け寄ると、他の出演者たちがすでに席に着いていた。
その中に――彼がいた。

planetのマナト。
彼を見るだけで、胸の奥がぎゅっと縮まる。
そう、私が“推している”人。

「じゃあ、スタートボタン押すね!」

スマホのカメラが赤く光った瞬間、全国に配信が始まる。



「みんなの第一印象聞きたいだって。じゃあ主演のマナトくんの第一印象からにする?」
「そうだね。マナトかぁ。」
たかしさんの声。みんなが笑い合う中、私の心臓だけがドクンと音を立てた。

「さえちゃんからにする?ヒロインだし。マナトの第一印象どうだった?」

「……えーーと……」

困った。推しの印象なんて、語ったら終わる。バレる。絶対に。
「やっぱり、アイドルだなぁって感じでした。」

精一杯の無難な笑顔。
だがマナトがすぐに反応する。

「え?ほんとう?みんな、僕のグループの曲知らないでしょ?」

沈黙。空気がピンと張りつめる。

「え!知ってますよ!」
思わず声が大きくなる。やばい、テンションが上がってる。
「さえちゃん、ほんとう?」
その笑顔、やめて。推しの笑顔を正面から浴びせないで。

「はい!海王星とか天王星とか水星とか木星とか……惑星シリーズ最高ですよね!」

……しまった。言った瞬間、空気が凍った。
共演者もコメント欄も、一瞬で静まり返る。

『え、なにこの女』『ヲタク?』『呪文唱えてたよね?』

やばい、終わった。

「え、なんで知ってるの?」とマナト。
「いや、あ、あの、それはですね……ま、前共演したらいとくんに教えてもらって、調べました!」
苦しすぎる言い訳。

「ははは。らいと、共演者の方々に布教するの好きだもんねぇ。ありがとう。」

コメント欄がすぐに和む。
『らいとくん、さすが』『ヲタクかと思ったじゃん』

――ひぇぇぇぇ。危なかった。
私には絶対にバレてはいけない隠し事がある。
それは、共演者・マナトくんのガチヲタであるということ。
私は、彼に会うために芸能界に入った。
そしてついに、彼のヒロイン役を演じる日が来た。
このことは、マナトくんにも、彼のファンにも――絶対に知られてはいけない。