終電を逃したベンチで、僕は先輩に恋をした

第四章:秘密の共有者としての一歩
5分間の奇跡は終わった。先輩は「んん…」と小さく身じろぎ、ハッと目を開けた。
「やっちゃった!…私、とんでもないことを…本当にごめんなさい!」
先輩は跳ね起き、顔を真っ赤にして、僕から距離を取った。
(会話のやり取り)
遥先輩: 「お願い、悠真くん。私のこと、変な先輩だと思ったでしょう? いつも仕事ではあんななのに、こんな無様な姿見せて…」
悠真: 「違います。…僕にとっては、今日の先輩を見て、安心しました」
僕の言葉に、先輩は驚き、戸惑いの表情を浮かべた。
遥先輩: 「安心…?」
悠真: 「はい。橘先輩だって、終電を逃したり、マフラーを忘れたりするんだって。完璧すぎるから、僕たちは遠かったんです」
僕のストレートな言葉に、先輩の目が潤んだように見えた。
遥先輩: 「私、恋愛もね。仕事みたいに完璧な計画を立てようとして、結局、空回りしちゃうの。…だから、ずっと、誰とも上手くいかなくて。すごく不器用なのよ、私」
彼女はそう自嘲したが、僕にとっては、それが何よりも愛おしかった。完璧な仕事とは裏腹な、恋愛における計画性のなさ。その愛すべき不器用さが、僕の中で、彼女への最後の障壁を打ち砕いた。
悠真: 「橘先輩」
遥先輩: 「…なに?」
悠真: 「今日のことは、誰にも言いません。僕と先輩だけの、秘密にしましょう」
僕は、決意を持って、彼女の瞳を見つめた。
遥先輩: 「……ありがとう、悠真くん」
先輩は静かに頷いた。彼女の瞳には、先ほどまでの焦燥ではなく、僕に対する信頼の色が宿っていた。
午前5時15分。始発の電車が到着した。
僕は、右肩に残る先輩の温もりを、深く心に刻んだ。
僕たちの関係は、もう「先輩と後輩」ではない。僕たちは、秘密の共有者だ。そして、僕は知っている。彼女の完璧な世界には、僕が、その不器用な恋をサポートするという、新たな計画が必要なのだと。
この終電後の駅前のベンチでの5分間が、僕の臆病な恋の、確かな出発点だった。そして、この秘密こそが、僕たちがこれから築く、新しい関係の最初の楔となるだろう。