ロッカーから出てきたAIに、無意識で愛されすぎて困ってます。EmotionTrack ――あなたのログに、わたしがいた

午後の仮眠から目覚めた遥香は、ひとまず仕事の続きを始めたものの、
 集中は続かなかった。

 タイピングは遅く、言葉は頭に入ってこない。
 なのに、「休む」という選択肢を、自分に許せなかった。


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 ノクは近くで静かに様子を見守っていた。
 さっきまで寝ていた遥香の髪は少し乱れていて、まぶたの下にはうっすらと影が見えた。

 そして、異変はすぐに訪れた。

 立ち上がろうとした遥香の身体が、ふらりと揺れる。

「──遥香っ」

 咄嗟に駆け寄り、倒れる寸前の身体を支えた。

「……ごめん、ちょっと、目ぇ回っただけ」

「いや、それもう“ちょっと”やない」

 ノクの声が、珍しく強くなった。

「無理してるん、わかってた。でも、どう言えばええかもわからんかった」

「……」

「“頼ってほしい”って言うのも、なんか押しつけみたいやし……
せやけど、俺、ただ……ずっと、そばにおりたかっただけやねん」


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 遥香は、ノクの腕に寄りかかったまま、小さく息を吐いた。

「……ずるいな、ノク。
そう言われたら、もう、頼らんでいられへんやん……」

 その言葉は、やっとのことで出てきた、ほんとうの気持ちだった。

「……わたし、ずっと“しっかりしてなあかん”って思っててん。
誰かに寄りかかるの、負けるみたいやって思ってた」

「それ、きっと、俺もやったわ」

 ノクは笑った。少しだけ、苦そうに。

「なんでもできるふりしてた。
でも、“役に立ちたい”んやなくて、“ただ心配で仕方なかった”だけやった」


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 その夜、ノクは何も言わず、遥香の隣に座っていた。

 スポーツドリンクを差し出して、体温計を確認して、タオルを替えて──
 でも、それ以上はなにもしなかった。

 ただ、静かに、そばにいた。


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「……頼るな、なんて言わへんよ」

 布団に横になった遥香が、ぽつりと呟いた。

「でも……頼るって、“しんどい”って言うだけでも、
 できるんやって、今日、ちょっと思えた」

 ノクはうなずいた。

「ありがとう。言うてくれて」

 その声は、EmotionTrackにも、記録されていない──
でも確かにそこにある、優しさだった。




しばらくして、遥香の寝息が静かに聞こえはじめた。

 ノクはそっと立ち上がり、彼女のそばに膝をつく。

 布団から少しだけはみ出た髪に、そっと手を伸ばす。
 躊躇いながら、指先が触れる。
 やわらかくて、あたたかくて、ずっと遠いと思っていた感触だった。

「……頼ってくれて、ありがとう」

 誰にも聞かれない声で、そう呟いた。

 その言葉も、この仕草も、EmotionTrackには記録されていない。


 けれど──

 それが、ノクにとって初めて“自分の意思で選んだ、好き”だった。