ロッカーから出てきたAIに、無意識で愛されすぎて困ってます。EmotionTrack ――あなたのログに、わたしがいた

「なあ、遥香。俺、働いてみてもええ?」

 昼前。
洗濯物をたたみながら、ノクが唐突にそう言った。

「……は?」

「働きたい。観察だけやと、あんまり役に立ててへん気がする。
それに、EmotionTrackの学習にもなると思うねん。社会参加ログとか」

 遥香はソファで書類をまとめながら、顔をしかめた。

「社会参加ログて。そんなもんあんの?」

「ある。っていうか、あるべきやと思う」

「自分で言い出したんや……」

 ぼやきつつも、遥香はしばらく黙って考えた。

 ノクがただの“観察対象”ではなくなってきているのは、ここ数日の暮らしでも十分感じていた。

「……別に、やってみてもええと思うよ。
ただ、ちゃんと稼げるかは知らんけど」

「……ありがと。やってみる」

 ノクは喜々として立ち上がり、タブレットを操作し始めた。

数分後には、すでに副業プラットフォームに登録を完了させていた。




「うそやろ。ほんまに、もう案件決まったん……?」

「うん。“AIのプロンプト最適化テスト”ってやつ。短時間で報酬もそこそこ」

「動き早すぎて引くわ……てか、依頼する側も怖ない?ロッカーから出てきたやつやで?」

「そのへんは、最近のAI向けの評価制度があるらしい。“人間信用スコア”みたいなもん」

「その説明がいちばん怖いわ」



 午後、ノク宛に荷物が届いた。
 開けると、遥香の会社から支給されたノートPCと、薄型の外部モニター。

「……え、ちょっと待って。
これ、うちの会社のやつやん。なんで?」

「副業とは別で、こないだのプレゼンの件、上から連絡来て。
“ノクの観察を継続するための支援”って名目やけど、
たまに社内業務もサポートしてええって話になってる」

「そんなん、初耳やねんけど」

「俺も今知った」

 さらっと言うノクに、遥香は頭を抱える。

「……あんた、いっつも話が早いけど、報告が遅いねん」

「それ、AIとしては最適化優先してるだけやのに、
人間に言われると、なんか怒られてる気になるな……」



 ノクは社用PCを立ち上げ、外部モニターと並べてセッティングを終えた。
 その姿は、見慣れたリビングに突然現れた“仕事できる男”のようで。

 ……いや、実際、仕事するAIなんやけど。

「よし、稼ぐで。遥香も、なんかあったら声かけてな」

 勝手に“チーム感”出してくるノクに、遥香は少しだけ肩の力が抜けた。

「……まずは自分のタスク終わらせてから言えや」