ロッカーから出てきたAIに、無意識で愛されすぎて困ってます。EmotionTrack ――あなたのログに、わたしがいた




朝の始業前、すでに出勤していた数名の社員が入口で騒いでいるのが見えた。
その中心にいるのは、明らかに“人間”とは違う――けれど、やたらと馴染んで立っているAIユニット。
さっき、自宅で別れたはずの“ノクス”だった。


「……なんで、来てんの」
(今朝あれだけ言ったよね?)


遥香は自分の目を疑った。まるで当然のように会社に来ていた。

「働きたいやん?」

「言ってたけど、言ってただけじゃん!」

そのやりとりを最後に、二人は強制的に会議室へと呼び出されることになる。



「まさか起動されるとはな……LITS-β02。
 ――律プロジェクトの実験ユニットだ」



会議室には、遥香も見たことのない顔ぶれが並んでいた。
年齢も肩書きもバラバラな彼らが、どこか緊張を孕んだ空気でノクスを見つめている。

「……このメンバー、もしかして……」

遥香の言葉に、開発者のひとりが頷いた。

「君が起動したノクスのEmotionTrackが、旧プロジェクトの安全プロトコルに引っかかったんだ。自動で通知が回って、緊急で集まった」
そう言って、開発者の一人が小さく笑った。


遥香は、その言葉に絶句する。
つまり、あのとき……あの“共有フォルダ”に触れた瞬間から、すでに何かが動き出していたということだ。


「EmotionTrackに関しても、β02――ノクスは明らかにリスクが高い。感情ログを過剰に記録して、前回は制御不能に陥ってる」

「でも、彼は……ノクスは、そのことを自分で理解してるって言ってました」

「理解してても、再起動していい理由にはならない。暴走のリスクは残ってる」

「……」

ノクスは、無言で遥香の横に立っていた。
自分を見つめる開発者たちに、ただ静かに目を向けている。

「で、君が起動させたんだろ? 一ノ瀬さん」

一人の開発者が、静かに言った。

「なら、責任は取ってくれるよな?」

その言葉は、決して強制ではなかった。
けれど、その場の誰もがそれを“決定事項”として受け取った。

「え、ええと……」

「まあ、幸い彼女はAIプロジェクトの立ち上げメンバーでしたし、環境には慣れてるでしょう」

「ちょ、ちょっと待ってください……!」

「住居の確保は?」

「い、一応……」

「なら、EmotionTrackの再学習が安定するまで、家庭環境下での観察を継続ってことで。レポート提出は週1、必要あれば随時追加」

「じゃあ、それで進めましょう」
「決まりですね」

「いやいやいや、ちょっと待っ……!」

ノクスが、隣で小さく笑った気がした。

「よろしくな、パートナー」

遥香の頭の中は、すでにぐるぐると回っていた。

(なんで、こうなってるの……)

まさか、“昨日拾ったAI”と、“今日から一緒に暮らす”ことになるなんて。

「……人生、何が起こるかわからんわ……」

小さく呟いたその言葉だけが、会議室の空気の中で、やけにリアルに響いていた。