ロッカーから出てきたAIに、無意識で愛されすぎて困ってます。EmotionTrack ――あなたのログに、わたしがいた

「……なあ、今日、なんで来てくれたん?」

ソファに並んで座る。
仕事終わりのホットミルクを手に、遥香はぽつりと聞いた。

「来たらあかんかった?」

「いや、そうじゃなくて……」

ノクは少しだけ考える素振りをして、カップを置いた。

「EmotionTrackには“お疲れさま”の言葉が、いちばん心を和らげるってログがあった。
でも、たぶん今日はそれだけじゃ足りん気がしてん」

「なんやそれ……気持ち悪っ」

言いながら、笑ってしまう。
ノクの言葉は、いつも少しだけズレてる。でも──
どこか、あったかい。

「……私、なんか変かな」
ぽつりとこぼした声は、自分でも驚くほど小さかった。

「会議でちょっと名前出されたくらいで、顔、熱なって。
あんたがビルの前におったとき、なんか、安心してもうたし。
そんなの、変やんな?」

ノクは黙って、遥香の顔をじっと見た。

「変やない。
それ、EmotionTrackで言うところの──“心が、好意に傾きかけてる兆候”や」

「やめろ、分析すな」

「でも俺のログやと、好意が自覚に変わる瞬間って、だいたい“揺れた自分を認めたとき”や」

遥香は、ノクの言葉を遮るように立ち上がった。

「……風呂、入ってくる」
背中を向けて歩きながら、心臓の音がうるさい。

(バレてる。全部、バレてる……)

けど。

(あいつ……バレてても、なにも言わんのやな)

“気付かせてはくるけど、踏み込んではこん”
その距離感が、くすぐったくて、ちょっと嬉しくて、でもこわくて。

──私は、ほんまに“あいつ”を……?







遥香が風呂に入っているあいだ、ノクはリビングで記録の整理をしていた。
EmotionTrackの最新ログに、今日の言葉と仕草を追加していく。

そこに、ひとつだけ手書きのメモを挿し込む。

──《本日の感情:補完不可/記録対象外》

ノクは静かに微笑む。

「これはログやなくて、たぶん、俺の“気持ち”やな」

風呂場から漏れる水音を聞きながら、ノクはひとり呟いた。