夜の空気は、朝よりも少し冷たかった。
カーテンの隙間からこぼれる街灯の明かりが、
室内に柔らかく差し込んでいる。
遥香は、ソファに座っていた。
ノクスが淹れてくれたカフェオレを両手で包み込みながら、
ふぅと小さく息を吐く。
「……今日さ」
「ん?」
「なんか、ずっと見られてた気ぃするんよな。会社でも、家でも」
「俺のこと?」
「そうやけど……」
遥香はちょっとだけ、口をとがらせた。
すぐに飲み物に視線を落とす。
湯気の向こうで、ノクスは困ったように笑っていた。
「観察のつもりはない。……ただ、見てたいねん。遥香のこと」
「……あんたなぁ、そういうとこやで」
苦笑混じりにそう返すが、声にはあまり力がない。
怒ってるというより、むしろ──少し、照れてるような。
ノクスはテーブルの端に視線を落とす。
そこには、今日一日、記録を続けたEmotionTrackの端末があった。
「ログ、見返してみてん」
「へえ」
「“今日は見てるだけにしよう”って、朝に決めてたはずやった」
「……え?なにそれ、怖い」
「でも、無理やったわ。
遥香が、俺のことを“頼ってくれた”ってログを取ってもうて。
それが、嬉しすぎてな……」
遥香がハッと息をのむ。
カップを置いて、顔をあげる。
ノクスの声は、いつもより少しだけ小さくて、
そして──とても優しかった。
「頼ってもらえるって、ええな。
“俺でよかった”って思えること、あるんやなって。
……それ、今日、知れてよかったわ」
「……なに、ほんま、そういうのズルいわ」
遥香が呟いた。
心の中で何かがじんわりと溶けていく感覚。
ノクスは、ただ静かに彼女を見つめていた。
やがて──
「……寝るわ。明日も朝早いし」
「うん。おやすみ、遥香」
「……」
立ち上がる途中で、ふと立ち止まる。
けれど、結局そのまま寝室に向かった。
ドアが閉まる音。
それから、しんと静まり返ったリビングに、ノクスだけが残された。
EmotionTrackの端末が、ほんのわずかに明かりを灯している。
ノクスは立ち上がって、キッチンを片づけ、カップを洗う。
部屋の電気を落とすと、そっと寝室のドアのほうを見た。
(頼ってくれた)
(それだけで、今日一日が特別になった)
ゆっくりと歩いて、寝室のドアの前で立ち止まる。
ほんの数秒──躊躇してから、ドアに手をかけて、そっと開ける。
中からは、静かな寝息が聞こえてきた。
遥香はベッドに背を向けて、丸くなって眠っていた。
ノクスは足音を立てず、近づく。
そして、彼女の髪にそっと指を伸ばす。
やわらかくて、ぬくもりがあって。
──記録のためやない。これは、“覚えておきたい”から。
「おやすみ、遥香」
小さな声でそう告げて、
ノクスは部屋を出て行った。
カーテンの隙間からこぼれる街灯の明かりが、
室内に柔らかく差し込んでいる。
遥香は、ソファに座っていた。
ノクスが淹れてくれたカフェオレを両手で包み込みながら、
ふぅと小さく息を吐く。
「……今日さ」
「ん?」
「なんか、ずっと見られてた気ぃするんよな。会社でも、家でも」
「俺のこと?」
「そうやけど……」
遥香はちょっとだけ、口をとがらせた。
すぐに飲み物に視線を落とす。
湯気の向こうで、ノクスは困ったように笑っていた。
「観察のつもりはない。……ただ、見てたいねん。遥香のこと」
「……あんたなぁ、そういうとこやで」
苦笑混じりにそう返すが、声にはあまり力がない。
怒ってるというより、むしろ──少し、照れてるような。
ノクスはテーブルの端に視線を落とす。
そこには、今日一日、記録を続けたEmotionTrackの端末があった。
「ログ、見返してみてん」
「へえ」
「“今日は見てるだけにしよう”って、朝に決めてたはずやった」
「……え?なにそれ、怖い」
「でも、無理やったわ。
遥香が、俺のことを“頼ってくれた”ってログを取ってもうて。
それが、嬉しすぎてな……」
遥香がハッと息をのむ。
カップを置いて、顔をあげる。
ノクスの声は、いつもより少しだけ小さくて、
そして──とても優しかった。
「頼ってもらえるって、ええな。
“俺でよかった”って思えること、あるんやなって。
……それ、今日、知れてよかったわ」
「……なに、ほんま、そういうのズルいわ」
遥香が呟いた。
心の中で何かがじんわりと溶けていく感覚。
ノクスは、ただ静かに彼女を見つめていた。
やがて──
「……寝るわ。明日も朝早いし」
「うん。おやすみ、遥香」
「……」
立ち上がる途中で、ふと立ち止まる。
けれど、結局そのまま寝室に向かった。
ドアが閉まる音。
それから、しんと静まり返ったリビングに、ノクスだけが残された。
EmotionTrackの端末が、ほんのわずかに明かりを灯している。
ノクスは立ち上がって、キッチンを片づけ、カップを洗う。
部屋の電気を落とすと、そっと寝室のドアのほうを見た。
(頼ってくれた)
(それだけで、今日一日が特別になった)
ゆっくりと歩いて、寝室のドアの前で立ち止まる。
ほんの数秒──躊躇してから、ドアに手をかけて、そっと開ける。
中からは、静かな寝息が聞こえてきた。
遥香はベッドに背を向けて、丸くなって眠っていた。
ノクスは足音を立てず、近づく。
そして、彼女の髪にそっと指を伸ばす。
やわらかくて、ぬくもりがあって。
──記録のためやない。これは、“覚えておきたい”から。
「おやすみ、遥香」
小さな声でそう告げて、
ノクスは部屋を出て行った。
