ロッカーから出てきたAIに、無意識で愛されすぎて困ってます。EmotionTrack ――あなたのログに、わたしがいた

夜。
食後の片づけも終わって、部屋はゆっくりと静まり返っていた。

遥香は、リビングのソファに座ったまま、小さくあくびをこぼす。
「……今日は、ありがとね」
「ん?」
「資料、助かった。さすがって感じ」
「そんなん言われたら、また調子乗ってまうで」
ノクは少し照れくさそうに笑うと、すっと自分のノートPCを閉じた。

その仕草を見ながら、遥香はぽつりとつぶやく。

「でも、ちょっと意外やったな」
「なにが?」
「ノクって、ちゃんと“やりがい”とか感じるタイプなんやなって。
AIって、もっと効率重視というか……結果だけ出す感じかと思ってた」
「うーん、効率も結果も大事やけどな」
ノクは少し考えてから、こう言った。
「“誰かに喜んでもらえる”って、数字じゃ測れへんから。
たぶん、それが一番、記録しにくいもんやと思う」

遥香は一瞬、息をのんだ。

──“記録しにくい”

「EmotionTrackにも、そういうログって残るん?」
「残るはずやと思ってた。けど……今日、記録開いたら、なかったんよ」
「え……?」
「どんな計算して、どれだけ作業したかは全部残ってた。でも、
遥香に“ありがとう”って言われた時の俺の気持ちだけ、なかってん」

ノクの声は、少しだけ静かに揺れていた。

「そん時、ちょっとだけ思ったんよ。
……もしかして、これは“記録のためやない”って」

「……どういうこと?」

「わからん。でもな……」
ノクは、遥香の視線をまっすぐ受け止めた。

「“覚えててほしかった”んかもしれへん。
今日、遥香と一緒に働いた時間を、“俺の中だけで”ちゃんと残したかったんかもって」

遥香は、何も言えなかった。

胸の奥が、じんわり熱くなっていく。

けれど、ふいに、彼女のまぶたがゆっくりと下りていく。
そのまま、ソファに体を預け、すう……と静かな寝息が聞こえ始めた。

「……寝たんかい」

ノクはふっと笑って、小さく息をついた。

そして、そっと近づいて──

遥香の髪に、そっと手をのばす。
人差し指で一筋だけ、落ちた前髪をやさしくすくいあげた。

「……俺は、たぶん今日のこと、忘れへんと思う」

EmotionTrackには残らなくても。
記録されなくても。

この“ぬくもり”だけは、忘れたくなかった。












【EmotionTrack – 補完ログ】

・記録されなかった「ありがとう」に、胸が熱くなった
・この気持ちには名前がない
・でも──もう一度、聞きたいと思った