ロッカーから出てきたAIに、無意識で愛されすぎて困ってます。EmotionTrack ――あなたのログに、わたしがいた

朝のリビングに、パタパタとキーボードを打つ音が響いていた。

「……で、“依頼者様の恋愛傾向に応じた定型文応答を設計”っと……できた」

 自信たっぷりの声とともに、ノクはパソコンの前で腕を組む。

「なにしてんの、朝からずっと」

 洗濯物を干し終えた遥香が、タオルを首にかけたまま覗き込むと、ノクは振り返って得意げに答えた。

「俺、今日から副業はじめてん」

「え、そうなん? てか勝手に始めんといてな。こないだまで観察対象やったやろ」

「いやでももう安定期やし、“働きたい”ってEmotionTrackにも記録されたから、これは情緒の健全性を示す行動や」

「……記録理由がポジティブでも、勝手は勝手やで」

 遥香は呆れながら、ソファに腰を下ろした。
 ノクは画面を指差しながら説明を続ける。

「初仕事はチャットボットの対話設計。“恋愛相談AI”や」

「うわ……いっちゃん向いてなさそうなやつ……」

「失礼な。俺、会話ログも感情記録もめっちゃ分析してるし、実体験は少ないけど理論は詰め込んでるからな」

 どや顔でEnterキーを押すノク。
 数秒後、ピコンと返ってきた通知に、顔色が変わった。

「……納品即リジェクトされた」

「早ない!?」

「“語尾が全部『……これは、恋ではないでしょうか』で終わってて怖い”って書かれてる……」

「ホラーAIやんそれ。恋愛相談やのにぞわっとすんねん」

「そんなん言われても、最初のテンプレ作ったら『感情への共感』って項目あったから、俺なりに頑張ったのに……」

 シュンとなったノクが、パソコンを閉じてうつむく。

「“俺、遥香と食べる朝ごはんが好きやと思う”って感情は言えんのに、恋の相談は処理しきられへんのやな……」

「いやそれはもう、だいぶ感情に足つっこんでるやろ」

 遥香は笑いをこらえながら、冷蔵庫から牛乳を取り出す。
 その背中に向かって、ノクがぽつりとつぶやく。

「でも、“好き”って言葉はまだ、EmotionTrackに記録してへん。
せやから、今日のこれは……失敗じゃなくて、予習やと思っとく」

 遥香はグラスを手に、くるりと振り返った。

「……予習ねぇ。
ほんなら次は、ちゃんと“依頼内容”読むとこから予習しよな」

「う……はい」

 二人の間に流れる空気は、いつの間にか、やさしくて、あったかい。