恋をして、大人になった。

わたしが彼に出会ったのは、小学四年生の秋。
転校したばかりの新しい教室で、まだ席も覚えきれていなかったころだった。

見学の日か、転校初日かは、もう覚えていない。
でも、彼が笑った顔だけは、今も鮮明に覚えている。

教室のざわめきの中で、彼がふいにこちらを見て、ニコッと笑った。
その瞬間、胸の奥が少し熱くなった。

たぶんあれが、わたしの人生で初めて、“恋”と呼べる感情だった。

それからのわたしたちは、どういうわけかよく喧嘩した。
ちょっとしたことで張り合って、口を尖らせて。

でも、どれだけぶつかっても、心の奥では、ずっと彼が気になっていた。

仲間外れにされたときもあった。
泣いた夜もあった。

それでも、彼の笑顔を見かけると、それだけで嬉しくなった。

好きって、どうしてこんなに苦しくて、なのにやめられないんだろう。

二分の一成人式で埋めたタイムカプセルに、
わたしは「○○くんと結婚してますか?」と書いた。

思い出すたびに顔が赤くなるけれど、当時はそれが心からの願いだった。

やがて卒業が近づいたころ、彼の家が学区の関係で、別の中学になると聞いた。
胸がぎゅっと締めつけられた。

卒業式の日。
式が終わったあとに開かれたお別れ会で、みんなが手紙を渡し合っていた。

わたしも手紙を書いていた。
“好き”の一言を入れようとしたけれど、

「やっぱり、直接伝えよう」

そう思い直して、そこだけ空欄にした。

けれど、チャンスはこなかった。

担任の先生が冗談めかして、
「○○くん、ひよりちゃんのこと好きなんだって!」と言った瞬間、

彼が「違う!」って、強く否定した。

その一言で、わたしの勇気は完全に消えた。

式が終わり、みんなが帰ったあと。
体育館の片隅に残ったのは、わたしと彼の二人だけ。

沈黙のまま、涙が頬を伝った。
彼も泣いていた。

何も言葉は交わせなかったけれど、
最後に握った手の温度だけが、確かに恋の証だった。

あの日から十年以上経った今でも、
わたしは、あの秋の日の光と、彼の笑顔を覚えている。

恋って、終わっても心に残るものなんだと、
きっとあのとき、初めて知ったのだと思う。