バレちゃいけない、イケメン俳優と私の秘蜜婚

「まさか、そんな。どうして……!」

 誰かが喋っている?

「……ん……」

 私の意識はだんだん浮上してきた。

 ふと見れば、裸の上にブランケットがかけられている。
 響也さんがかけてくれたんだ。
 私は真っ赤になりながら、ブランケットを体に巻きつけ、声のするほうに歩いて行った。

 すると、響也さんが気配を感じたらしく、私のほうを振り向いた。
 彼の後ろでTVがアナウンサーが声高に喋っている。

<本日、俳優の峰ヶ崎響也さんが極秘に結婚しているとの告発がSNSに投稿されたそうです>

「え」

 世界が固まった。
 私は時計を見た。二十三時、三十八分。

 二人でデートするのも旅行するのも我慢して。
 付き人として私設ファンクラブ会長として、響也さん情報を発信するのも、とても気を遣ってきたのに。
 私はどこで失敗したの?
 条件を果たすまで、あとちょっとだったのに!

「……なんで」

 どこで写真を撮られたの?
 私達が夫婦でいられるのは合宿所のなかだけ。
 マネージャーさんが迎えにきて一歩、外に出た途端。
 私と彼の関係は『イケメン実力派俳優と、その付き人』だったのに。

 私はスマホを操作しようとした。
 手が震えて床に落ちる。
 画面にヒビが入った。
 ……まるで、私と彼の関係みたい。
 あんなに必死に守ってきたのに、最後はこんなにあっけないの。

「冴、落ち着け」

 気がつくと響也さんに抱きしめられていた。
 ソファに座らせてくれる。
 彼はどこかへ連絡しているようだった。

「マネージャーは繋がらないな」

 そこへ響也さんのスマホが鳴った。
 
「社長だ」

 私に告げると、響也さんは対応した。

「はい。……え? なんですって」

 みるみる表情がこわばっていく。
 通話を切った響也さんの表情が戻らないため、私はとうとう訊ねた。

「社長、なんて?」

 私は怯えていた。
 条件を守れなかったから、私は響也さんと離婚させられてしまうのだろうか。

 でも、そうしたら。
 響也さんのマイナスにならないよう、私がうまく立ち回らなくちゃ。
 そうだ、私設ファンクラブ会長の立場を濫用して、彼に結婚を強制したというシナリオはどうだろう。

『毅然とした態度で臨んでほしかった』とかの意見はでるだろうけれど、おおむね彼に同情的な感想が寄せられるだろう。
 それがいい。

「響也さ」

 呼びかけたら黙って、とばかりに唇に指を当てられた。

「冴。ここまで来て、身をひこうなんて考えるなよ?」

 彼の深い色の瞳に、吸い込まれそうになる。

「俺は冴がいたから、頑張れた。俺がこれから『峰ヶ崎響也』であり続けるためには冴が不可欠」

 見透かされている。
 固まっていると、社長と幹部で対処を考えて、また連絡をくれるとのことだった。
 震えていると、肩を掴まれ覗き込まれた。

「冴が『俺を脅迫した』って言うのなら、俺も『嫌がる彼女を無理やり婚姻に縛りつけた』って言うからな?」

 なんてことを言うのだろう。

「だめ! 響也さんが悪者になっちゃう」

 ファンを裏切るようなことを響也さんにさせてはいけない!

「俺にとってもだ。冴を悪者にしたら、俺が傷つくんだってどうしてわからない?」
「……でも……」

 そのほうがまるく収まる。

「冴」

 強い口調に口を噤まさせられた。

「俺と冴、二人で幸せになろうって決めただろう?」

 プロポーズを受けた日、そんな話をしたっけ。

「『どっちかだけが幸せで、どっちかは不幸せなんて、ナシ。二人で不幸を乗り越えて、二人で幸せになろう』って」

 ……そうだ。
 響也さんは私の手を握りながら言ってくれたんだ。

 彼のスマホがもう一度鳴る。
 私がびくりと体を震わせている間に、響也さんは対応した。

「社長。……はい、はい。……そうですか。わかりました。それと、俺自身で表明していいですか。……はい、はい。すぐです」

 スマホを切ると、響也さんは厳しい顔になった。

「マネージャーの仕業らしい」
「え?」

 社長にマネージャーから辞表とともに、リークした旨の連絡が入ったのだという。

「『響也はこれから世界に羽ばたいていく人です。有名女優や大きな会社の令嬢ならともかく、あんな平凡な女は響也には必要ありません。だから、社長の条件を私が反故にします』って。ふざけるな!」

 力を込めているらしく、握りしめたスマホがみしみしと悲鳴を上げていた。

 なにを思ったか、私の手を握り、オーディオルームに向かう。
 ここは合宿所に住んでいるタレントたちが動画配信したりする部屋だ。

 響也さんは動画配信の準備をしていく。

「響也さん、なにを?」

 訊ねたけれど、彼は私の手を握ったまま懇願してきた。

「冴。傍にいてくれ」

 LIVE配信すると言う。

「わかった」

 霧吹きや、くし、シェバーを持って響也さんを綺麗にする。
 ヨレヨレのトレナーを脱いだ彼は真っ白なワイシャツに袖を通した。
 すうと息を吸い込むと、響也さんは配信を開始した。

「こんばんは、峰ヶ崎響也です」

 たちまち、PV数がカウントされていく。
 同時にコメントが恐ろしい勢いで増えた。

<リアル配信?>
<みんな、注目!>
<響也様、嘘ですよね!>
<フェイクニュースだと言って、おねがい!>

「事実です」

 瞬間、悲鳴で画面が埋まった。
 同時に。
<裏切られた>
<ファンをやめる>
 怨嗟の声が溢れた。

 私がみじろぎすると、響也さんの握った力が強くなる。

「俺は三年近くまえ、ある女性と入籍したところをスカウトされたんです」

 彼は、二人が知り合ったところから語り始めた。

「高三の文化祭。俺は演劇部で通行人Bでした」

<そこはAじゃないんだ、草>

 ……あれ?

「舞台に乗った人はわかると思うけど。意外と観客の一人一人の顔がわかります」

<わかる、わかる>

「そこで、俺だけに見入っている女子生徒がいたんです」

 嘘!
 私は空いている手で口を覆った。
 知られてた?
 私をチラリと響也さんが見る。

<響也様の視線。もしかして隣に彼女さんいる?>
<マ?>

「はい。勇気をもらうため、隣にいてもらっています」

 響也さんの言葉に、感想がどっと湧く。

<甘えんな!>
<彼女さんの顔、晒して!>
<特定班、よろしく!>

「奥さんは一般人なので顔出しは今後ともありません。彼女を晒された場合、しかるべき法的措置をとります」

<はぁ? なに様?>
<偉そうに言うな!>

アンチが湧いてきて、私は生きた心地もしない。

「大学に入って、彼女と再会しました。演劇部の舞台を見にきてくれたんです」

<ふざけるな、顔を晒せよ>
<しー!>

「オーディションに落ちまくる俺を、彼女だけが応援してくれた」

<私だって応援してるよ!>

「ありがとう」

 響也さんは微笑み。
 話すうち、私に癒されたこと。
 会うたびに安らぎを感じてくれたこと。
 それらが、だんだん恋心になっていったことを語った。

 ファンもアンチも、聞き入ってくれている。

「付き合ってほしいと俺から告白した時、彼女には断られました」

<ブー!!!!>
<彼女、なに様!>

「彼女曰く。『推しはファン全体の宝物であって、私一人が独占するわけにはいかない』と」

<彼女さん、わかってる!>

「何度も口説いて、ようやく付き合うことを了承してくれて……、俺は『二人で幸せになろう』とプロポーズしました」

 響也さんは入籍した日にスカウトされたこと。
 その時に撮られた写真が今日のリーク写真であることを告げた。

<きしょっ。それってSTKってことじゃん?>
<いや、彼女の自作自演かもよ?>
<いいや。あれは確実に第三者が撮影している>

 事務所と契約する際、結婚を猛反対されたこと。

<当たり前でしょ>

「彼女も別れる、と言い出しました。ですが、俺が止めたんです」

<ねえ、響也様。それ感謝と愛情を取り違えていませんか>

「いません。これが感謝なら、俺は愛情は一生知らなくていい」

 ……そこまで思ってくれてるんだ。

「俺は彼女がいてくれたから、俳優『峰ヶ崎響也』としてやってこれました。これからも『峰ヶ崎響也』であるためにも、彼女が必要なんです」

 響也さんはカメラに向かって頭を下げた。

「お願いです。俺たちの結婚を祝福してくれとは言いません。けれど、認めてください」

 しばらくファンもアンチも無反応で。
 やがて、ポツリポツリと祝福の感想がアンチを凌駕していった。

「ありがとう」

 ふたたび響也さんは頭を下げた。