焦がれる吐息




…———白い蛍光灯に照らされた空虚な静けさに、私の微かな息遣いだけが響く。


逃れるようにして駆け込んだのはフロアの片隅、緑の非常口マークが記された階段の踊り場だった。

人影はなく、遠くから微かに軽快な音が聞こえてくる程度で寒々しい空間。

そのすみっこ、階段の一つに腰が抜けたように座り込む。繋いでいた手は、ここに辿り着いた瞬間、我に返ったように咄嗟に離してしまった。


百瀬くんは今、どういう気持ちでいるだろう。

振り向きたいけど、振り向けない。

まさか自分が、他人の顔面に珈琲をぶっかけてしまう日がくるなんて思わなかった。

でも、後悔はいつまで経っても湧いてこない。

あーやってしまったな…なんて、割と他人事。

それよりも、勝手な事をして百瀬くんが怒っていないか気になって仕方がなかった。

汗を感じる手のひらは、まだ彼の温もりが残るかのように熱い。


膝の上でそれをぎゅっと丸めたとき。

徐に、すとん、と彼も隣に腰を下ろした。

肩が微かに触れて、忽ち鼓動が跳ねる。

ずっと無言だった彼は、ゆっくりと、空気に溶け込むように静かな溜め息を吐く。
 
まるで、心を落ち着かせるような吐息だった。


「……正直、澄香さんに知られたくなかったなって、今へこんでます」


ぽつんと落とされた言葉に隣を見上げれば、百瀬くんは階段の下を見つめていた。酷く儚げな横顔に、胸が詰まるような切なさを覚える。


「でもそれ以上に、うれしかった」


そう呟いて、私の膝の上、ずっと握っていた空の紙コップをそっと攫う。


「情けないけど、澄香さんの言葉が、本当に嬉しかったです」


ゆっくりと繰り返されたそれは、まるで感情を噛み締めているようだった。

そして、彼が振り向く。

至近距離で、朝露のような艶めく瞳とぶつかる。

私を瞳に映した百瀬くんは、桜色の唇をキュッと引き結んで何かを堪えるような表情をした。

濡れる瞳を目に、つられるようにして、何故か私の瞼も熱くふくらんでしまう。

いつもだったら「大袈裟でしょ」なんて適当に、無愛想に返していたと思う。


でも、今は、


「なにが、情けないんですか」


心が熱くなってしまう。自然と出たその言葉は、怒っているように空虚な空間に響き渡った。