「珈琲、やっぱりいただいていいですか?」
ゆったりと首を傾げれば、男は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「見る目があるね、嬉しいな〜」なんて、珈琲を一つ差し出してくる。
真っ黒な液体を受け取った私は、緩やかに口角を上げた。
そして、
「でもお店で挿れ直してあげっ、?!」
———バシャ、と。男の顔面に珈琲をぶっかけた。高級そうなスーツ、白いワイシャツはお似合いな汚い焦茶色に染まって。ぴた、ぴた、と顔面から黒い雫を落とす男は目を丸くして愕然とする。
「な、にを、して…」
「すみません、あまりにもウザくて。」
「、」
「部外者ですけど、一つだけ言わせてください」
珈琲をぶっかけただけでは消化しきれない感情を込めて、鋭く男を睨みつける。
「百瀬くんは、お金を盗むような人じゃない」
言った自分の胸が、握り潰されるように苦しくなって、痛くなって。泣きたくなるような激しい憤りが全身を駆け巡る。
死んだように凍りつく場。
空になった紙コップをぐにゃりと握り潰した。
刹那、空いていた手がふわりと包み込むようにして攫われる。
彼の体温が、初めて私に触れた瞬間だった。
そのまま流れるように、くいっと容易く引っ張られて。目を見開いたときにはもう、強制的に駆け出していた。
途中、ばたばた駆けつける数人の警備員とすれ違う。「何があったんですか?!」と、背後から騒がしい声が鼓膜を掠めた。
恐る恐る見上げてみた先、前だけを見つめる美しい横顔にやっぱり熱いものが込み上げてきて。
ぎゅ、と強く握り締めてくる冷んやりした手を、ほんの少しだけ、私も握り返した。



