焦がれる吐息




𓂃◌𓈒𓐍


「あ、先にお手洗い行ってきます。」


ショッピングモールに戻れば、現実世界に戻ってきたような気分になった。二人きりで過ごした静かな空間とはかけ離れていてやっぱり苦手だ。

たどり着いた喫煙所の前で百瀬くんに告げて、すぐそばのトイレマークに向かって足を急がせた。

パウダールームにて、緊張の糸を解くように細い息を吐く。

ふと顔をあげれば、覇気がない自分と目が合った。なんだか微熱がある人のように、ぼんやりしている。

気を取り直そうとリップを唇にのせようとして、その手はぴたりと止まってしまう。


『アイメイクもリップもばっちりですし。デートってつい気合い入っちゃうの分かります』


キラキラこそばゆい言葉が脳裏を掠めて、眉間のあたりをきゅっと引き絞る。


「(私はいつも通り。何も変わらない。)」


自分に言い聞かせるようにまた心で唱えた私は、秋色のこっくりとしたプラムカラーを丁寧に唇に重ねた。

そして最終、キャスケットを被り直す。

『もう少し深く被った方がいいと思います』

お次は百瀬くんが浮かんでしまうから、不満げに唇を尖らせて試しにもう一度、鍔の角度を調整してみる。

だけれどやっぱり、彼のむくれたような声に従えば、鏡の中の自分はどうしたって変だった。


改めて思う、百瀬くんって謎な発言ばかり……。


気持ちを切り替えるつもりが、結局浮かない顔つきのままパウダールームから出た。

すると、何処からともなく、ふわんと好みの香りが漂ってきた。透かさずアンテナがピンと立つ。

ほろ苦いそれは、珈琲の香りだ。

きょろきょろとしてみれば、百瀬くんがいる喫煙所とは真逆の方向、少し先でカフェらしき看板を捉える。

その店名を目にした私は、途端に心ときめく。そこは、今話題のハワイアンカフェ。つい最近、情報番組で紹介されていて釘付けになったばかりだった。