𓂃◌𓈒𓐍
強制的に封じ込めた、遥か遠くの記憶、
“かわいい かわいい 本当にかわいい”
まるで悪魔の呪文のように、何度も繰り返し唱え続けられていたあの頃の私は、全身に鳥肌を感じ、空っぽの胃から酸が迫り上がり、ぐっしょり汗をかきながらもカタカタと震えていた。
暗闇に隠れて、これでもかと耳を塞いで、ぎゅうっと目を閉じて、そうして世界を遮断していた。
“かわいい”
その言葉は、大っ嫌いな言葉だった。それだけじゃない、男から受け取る言葉は全て、どんなものであっても私にとって不快なものでしかなかった。
はず、なのに。
微熱を抱える頭の中で、もう一度、桜色の唇から紡がれた言葉達を並べてみる。
不快感、というよりも、身体が熱くなって、ぽやぽやと心が宙に浮いている気分になってしまう。
百瀬くんの言葉全てに、心が何処かに優しく攫われてしまうような感覚だった。
お世辞なのか、揶揄っているのか。
どういう気持ちで言っているのだろう。
“金なんて糞ほどどうでもいい”
そう言った彼は、何を抱えてるんだろう。
何を、言い掛けたのだろう。
着実に、百瀬くんの心が気になっていく自分がいた。そして、“頭抱えるほど女が苦手”、という情報との矛盾が膨れるばかりだった。
彼の生活費の件もそうだ、ケンちゃん、思い込み激しいところが昔からあるから。そもそも勘違いなのかもしれない。
お説教がてら後で電話でもしようか、
そう、ぼんやり考え込みながら歩いていれば、つい目的地を通り過ぎてしまっていて慌てて戻る。その際、右手にぶら下げていた袋の存在も今更思い出して眉を顰めた。
……まずい、何を買ったのかは覚えているけれど、どんな種類を選んだか記憶がない。
ついさっき立ち寄った雑貨屋の記憶を辿ろうとしても、それは朧げで自分に呆れた。
まさに、心ここに在らずだ。
「はあ…」と深い息を吐いて、もう見慣れた門へと足を進める。
———“こどもの家 スミカ”
潜るその手前、門柱の真新しい表札がどうしても目に入ってしまって、相変わらず小っ恥ずかしくなった。
センスないでしょって、もう何回目かの照れ隠しのような文句を心でぼやきながら、地面を踏みしめるようにしてゆったりと歩く。



