焦がれる吐息






「一生、克服できなければいい」



美しい顔は私に影をつくる。

彼は目を閉じさせるようにして、そっと、私の瞼にキスを落とした。

だから、彼がどんな表情をしてどんな気持ちで言ってくれたのかはっきりと分からない。

それが、もどかしいのに。


「他の男なんか無理なままでいい」


「こんなにも可愛い人、俺だけが知っていればいい」


「もういっそ、朝も昼も夜も、一日中、外に出られなくなればいいのにって」


静かに紡がれる願いの合間にキスの雨が目尻、こめかみ、頬、耳に降り注いでいく。そのどれも一つ一つ、彼はまるで初めてキスをするかのようにとても丁寧に口付けを落として。



「……本当は貴女を縛りつけたくて、隠したくて、閉じ込めたくて仕方がないんです。最低なことを心の中で馬鹿みたいに本気でずっと祈ってるんです」


骨ばった指先が、私の手のひらに重なる。

指と指は絡み合い、まるで離れることが怖いかのように強く握り締められる。


「しづきくん、」

「幻滅しました?」


私の言葉を遮るように、色っぽくも遣る瀬無い声が耳に触れ、不覚にも身体の奥底が熱く疼いてしまう。

彼の想いにいますぐ何かを答えたいのに。

もう、深く考える余裕も、言葉を返す隙も一瞬たりとも与えてはもらえなかった。


「でも、ここまで堕としたのは澄香さんだから」


彼は上体を起こし、私を見下ろす。

金の髪は透き通る絹糸のように流麗に垂れ、間近に迫る青は息詰まるような熱を孕む。


黎明に似つかわしくない、妖艶な笑みを浮かべた彼は。


「最期まで一緒に振り回されてよ、貴女が与えてくれた感情に」



飽きることなく、私の中に奥深く沈んでいく。



出会った頃から謎めいていた百瀬紫月という男を、漸く分かってきていた筈なのに、本当はまだまだ理解していないのかもしれない。

たった好きの二文字を躊躇って、酔いに任せて自分から抱き締めてみようかなんて悩んでいた自分が如何に浅はかだったか。


濁流のように欲を露わにする彼を前に苦しい程に思い知らされた私は、夜明けの果てまで深い愛に溺れ続けた。



………紫月くんも、この先、女の人克服しないでほしい、なんて密かに祈ったのは、暫く私だけの秘密だ。

当分は彼の愛だけで、息をするのもままならない毎日だから。




fin.