既に周りがどうとか、足音がどうとか、そんな事を考えている余裕はなかった。
「………あの、お風呂は流石に無理な気が」
たった一度のこれでさえ、顔面が燃えて、心臓が壊れそうで、足はがくがくで今すぐ腰が抜けそうなのに。
食事でさえまだ緊張するのに、風呂も、眠る時も尽くされるとはどういう事だ。
経験値皆無な脳みそでは想像することすら困難で、どのくらいの恥ずかしさが待っているのかすら予測不可能だった。
百瀬くんはそんな私の心の声を読むかのように、双眸を柔く細める。
「大丈夫です。そのうち恥ずかしがる暇もなくなるから」
蠱惑的な眼差しに射抜かれて、最早半泣きになる。
「いや、でも、百瀬くん十分、彼氏らしいことしてくれてるし。日頃の疲れとった方がいいと思うから、どうぞのんびり過ごして……?」
「まあ、寝不足ではあります」
「うん、やっぱりそうですよね。だからゆっくり一人で、」
「澄香さんが待っててくれてるのがどうしようもなく嬉しくて、テンション上がって毎晩なかなか寝付けませんでした」
「え、え?」
「……もしかして、気づいてないと思ってました?」
金の髪がはらりと煌めく。
軽々と妖美に笑う彼は、私の耳に唇を寄せる。
私だけしか聞こえない声で、やさしく囁く。
「ほんとずっと可愛いですね、澄香さん」
———もう、いよいよ限界だ。
「百瀬くんこそ、もう静かにっ……」
燃え上がる頬のままに咄嗟に、美しくも、危険な唇を両手で塞ぐ。
けれど、直ぐに返り討ちにあった。
「塞ぐならこっち」
難なく手を剥がされた私は、お説教も虚しく彼にまた唇を奪われる。
百瀬くんは従順であり誠実で、でも絶対に勝てない相手だと、初デートのその日、身をもって感じた。
すべてが終わったそのとき、彼の言う通り、恥ずかしがる暇も、溜め息を吐く余裕さえもなくなって。
また違う意味で、寝不足になってしまったのだった。
きっと暫くは寝ぼけ眼が続くかもしれない。
ぜんぶ百瀬くんのせいだと伝えたら、今度はどんな矢が返ってくるだろう。
おまけの吐息01 fin.



