とはいえ、パソコンと資料を広げて画面に集中しているフリをしている頃には、百瀬くんは頬杖をついて窓の外を眺め始めていた。
どうやら本当に私が終わるまで大人しく待ってくれるらしい。
以前から何となく思っていたけれど、百瀬くんは誠実であり従順だ。私の嫌がる事は絶対にしないと言い切れるし、私の言うことを簡単に受け入れる。
今日だって寒い中待たせてしまったのに愚痴の一つもこぼさず、またこうして待ってくれている。
とにかく優しい。基本的に静かで穏やかで、そういえば、ここの所多忙を極めているのに疲れている姿も見た事がない。
一緒に禁煙もしているのに苛々しているところでさえも見かけない。
それどころか毎日私の為におかずの作り置きをしてくれるし、トイレもお風呂掃除もいつの間にか必ずしてくれる。
———と、ここで漸くハッとある事に気がついて、彼をちらりと盗み見る。
差し込む陽射しで、彼のところにちょうど四角い日だまりができていた。
舞う埃もぽやぽやと照らされ、その中で眩い光に縁取られた美しい彼は、瞬きをしていなければ一枚のパステル画のような、まるで芸術作品を見ている気分に陥る。
けれど今は呑気に美しさを鑑賞している場合ではない。
「………百瀬くん、」
待っていてもらっているくせに、つい無駄口を開いた。
顔を向けてくれた百瀬くんは、やさしげに口角をあげながら首を傾げる。
燦々と輝く青の瞳を、いつどんな時でも真摯に捧げてくれる。
だからこそ、無駄口ではあるけれどちゃんと聞きたい。
周りに迷惑にならないように、静かに、口元に手を添えてこそっと。
「私にして欲しいことはないですか」
“澄香さんが今まで頑張ってきた分、これからは俺が澄香さんの為に何だってします”
“今は何もないけど、これから死ぬ程努力するので、貴女のそばでこの先もずっと、伝え続けてもいいですか”
同時に心にしっかりと刻んでいる大切な言葉をなぞり、眉尻がしゅんと下がる。
百瀬くんが私の為に尽くしてくれているのはちゃんと伝わっている。でも、じゃあ私は……?
「……すみません、いま気が付いたんですけど、私、彼女らしいことまだ一つもできてないなって」
「……」
「あ、自分で考えろってのは重々承知なんですけど…知識不足で一般的に彼氏が喜ぶこととかよく分からなくて。ほら、百瀬くん最近頑張りすぎてるし、何か出来ることあればな、と。……うん、まあそんな感じでちょっと考えてみてください。あ、本取ってきます」
いやどんな感じだ。と内心自分に突っ込みながらも、やっぱり恥ずかしくて居た堪れなくなって最後は早口で捲し立て逃げるように立ち上がった。



