焦がれる吐息





これでは本物の王子様が…!と青褪めてすぐに、そういえば彼は今日、新しい職場に出勤している日だと思い出して一人胸を撫で下ろす。

彼は、施設での働きっぷりを聞きつけた近所でも有名な老舗日本料理店から直々にスカウトされたのだ。


「彼が今まで直向きに頑張ってきた事がやっと証明された」「寧ろ遅すぎるくらいだ」と、彼女は電話で冷静かつ淡々と教えてくれたけれど、その声は鼻声だったからきっと恥ずかしがり屋さんは一人で泣いて喜んでいたのかもしれない。

彼は本格的に調理師免許の勉強も始め、施設の調理師と兼業して新しい仕事も頑張ると言っていた。


『今は何もないけど、これから死ぬ程努力するので、貴女のそばでこの先もずっと、伝え続けてもいいですか』


全部、彼女のために。
彼は、自分らしく輝ける世界で。


「んも!なのに怒られちゃうわよスミちゃ、!」

「ケンちゃんしーっ!スミ先輩にバレちゃいますからっ…!」


隠れていた低木から勢い良く立ち上がりかけて、すぐさまそれは、ぐい、と腕を引っ張られ強制的に座り直される。憎いほどにぷっくり愛らしい唇には人差し指が立てられていた。


「へ、尾崎ちゃんが何故ここに??」

「ふふ、わたしの恋にも終止符を打ちにきたんですよ〜幸せなところみたら諦めつくかな〜なんて」

「ああ〜ん、尾崎ちゃんも実は隠れガチ恋だったもんねえ〜よしよし」


尾崎ちゃんの視線の先も美しいお姫様。

ぽんぽんと慰めるように頭を撫でれば、にこにこ笑顔を浮かべていたその大きな瞳には徐々に涙の膜が張っていく。


「………でも結局、本人見るとまた好きになっちゃうんだよなあ〜」


寒空の下、はあ、と誰の元にも届かない溜め息が一つ切なく消える。

この世界に普通は何通りあってもいい。

そう教えてくれる彼女だからこそ、様々な形の愛を向けられるのだ。