また黙り込む私に、彼はもう考える時間を与えてくれなかった。
「澄香さん」
一滴、私の心に甘い雫を垂らすように呼ぶ。
冷静な判断を遮るようなその声につられて顔をあげた。
「だめですか?」
どこか切なげで、掠れた声が胸の奥を突く。
まるで祈るような眼差しを受ける。
どうして、そんな瞳で私を見つめるのだろう。
ぎゅっと心臓が掴まれるような苦しさを感じた。
睫毛を伏せて、静かに立ち上がる。
彼に背を向けて、掌を強く握り締めた。
「……一ヶ月、だけなら」
ツン、とした我ながら可愛げのない声がでた。
一週間、いや一日、そう口にしようとしたのに、またちぐはぐな言葉が勝手に出て唇をむっと縛る。
ケンちゃんが帰ってくるまでの辛抱。
部屋に閉じこもってればいい。
顔を合わせないようにすればいい。
そう、心の中で楯突く私を不思議な静寂が包む。
聞こえなかったのか、と肩越しにそっと振り向いてみて後悔した。
「お世話になります」
彼——百瀬くんは、桜色の唇を綻ばせて微笑んだ。
嬉しそうなその顔に、また鼓動が大きく跳ねて。
ぷいっと、顔を背けた私は頬の熱に眉を顰める。
「……一ヶ月だけですから」
きっと聞こえないくらいの小さな声で念押しをして、一先ずベランダへと逃げた。
はあ、と溢したはじまりの溜め息は、やけに重い。
すぐさま煙を纏い、いつものように落ち着こうとするも暫く鼓動は静まらなかった。



