𓂃𓈒𓏸
色褪せた木製のドアを前にして、ずっと繋いできた彼の手を無意識のうちに強く握り締め直した。
日が暮れ始めた街を歩き、此処に辿り着く前も今も、百瀬くんは一度も口を開かない。
私も、開けなかった。
彼がドアノブに手を掛ける。
その横顔を見上げてしまえば涙が溢れてしまいそうで、ゆっくりと開かれていくそこ一点を一心に見つめ、下唇を噛み締め必死に堪える。
けれど、そんな努力は虚しく。
手を引かれ部屋に一歩踏み入った瞬間に、どうしてもぐっと喉も心臓部も熱くなって噛み締めたはずの唇が震える。
瞬きとともに目尻が濡れるから、頬を伝う前に空いた手で慌てて拭う。
夕焼けが差し込むたった4畳半、染みついた煙草の
香りがもう懐かしい。
「……ここが、俺の全てです」
繋がれた手は静かに離され、それだけを零した百瀬くんは背を向けたまま出窓へと向かう。
淡い橙色に染まるレースカーテンに手を掛けて、ゆっくりと外を開いていく。
更に色濃く夕焼けに包まれたその後ろ姿にもう一度唇をつよく噛み締めて、返事の代わりに彼の隣にそっと並んだ。



