「すみません、俺はこの世界で使い物になりません」
張り詰めた空気に一番に落とされたのは、ずっと恋しかった声。それは今、不思議なほど柔く円やかに響く。
「結局、治療できなかったので」
百瀬くんは顔を上げ、当惑の眉を顰める宍戸さんを再び見据えた。そして、小さく笑む。
瞳には、遣る瀬無い熱を甘く滲ませて。
「彼女といればいるほど、余計に他の女性に触れられなくなってしまいました。他の誰にも媚を売りたくない、彼女にしか触れたくないんです」
彼を見守る私の瞳に、熱い涙の膜が張るのはあっという間だった。空気を読もうなんて馬鹿げた考えだったと思うほどに、空気が、彼の深い愛に染まる。
「どうしたって、彼女以外の女性を克服することは不可能だと自覚しただけだったので。先程、社長とは正式に契約の交渉決裂となりました」
「……はっ、何だよ、結局逃げるのか」
「ですね」
潔く肯定を口にした百瀬くんの瞳には、もう既に苛立つ宍戸さんは映っていなかった。
外界の光の下、澄明な瞳は流れ、多くの人には目もくれず。



