「……俺が来るの、知らなかったんですよね」
彼の瞳が僅かに揺れる。心なしか、前髪に隠れている眉をしゅんと下げているような気もする。
「全て、ケンジのせいなので」
そんな不安げな姿を前にすると、自然と言葉がこぼれてしまうから嫌になってしまう。
彼の瞳から逃げるように俯いて、膝の上でぎゅうっと握った自分の拳を見つめた。
手のひらの中が異常に汗ばんでいる。
こうしてちゃんと男性と対面するなんて初めてのことだから、緊張しすぎて息苦しい。煙草が吸いたくてたまらない。
それを誤魔化すように「…あの」と、次は私が重々しく口を開いた。
「お名前と、ご年齢は」
よくよく考えたら、名前も知りもしない人を部屋に入れていた。恐ろしい、ほんとに全部ケンちゃんのせい。
なんだか面接官のようになってしまった堅苦しい問いかけに、彼は一瞬、キョトンとした顔をする。
「(……なんか、かわいい…。)」
不覚にも、とっさに自分でも信じられない気持ちが浮かんでしまって、慌てて視線を逸らした。
ありえない、男にそんな感情を抱くなんて。
彼を前にすると、本来の自分を次々と失っていくような気がして変な焦りを感じた。
ほんの少し、二人の間に静けさが漂う。
「———紫月《しづき》です」
徐に、ゆったりと綺麗な響きが鼓膜を揺らした。
つられるように顔をあげれば、今度はまっすぐな澄んだ瞳と絡まる。
「百瀬紫月。19です」
彼は、ふわりと金色の髪を揺らし小さく首を傾ける。
そして、緩やかに目尻を下げた。
「これから、お世話になってもいいですか?」



