目の前にいる奴は一体誰だ。
俺が抱いていた病的にまで脆く儚い青年のイメージは悉くぶっ壊され、眩暈がする。
「清々しいほどに小賢しいな。あのな、自惚れるなよ?施設育ち、家族も家も金も学歴も何もないお前が、澄香さんに釣り合うと思うか?」
「……」
「悪いがお前の経歴は把握済みだ。同情して解雇はしないでやるよ。そうだ、イギリスで新しく立ち上げるブランドのイメージモデルにしてやるから今すぐ飛べ。いいかクソガキ、この世界を舐めるな。規約違反を犯したお前の性根叩き直してやる」
職権濫用だろうが立場を利用してると嫌われようが関係ない。
俺だって女神が欲しくて欲しくて、この4年間どれほど頑張ってきたか。のこのこ現れた得体の知れないクソガキに取られてたまるか。
「素直に従っとけ、路頭に迷いたくないだろう?」
嘲笑う。
それでも、百瀬の瞳は一つも揺らぐ事はなかった。
「それなら解雇でもなんでもしてください」
迷うことも、躊躇うこともなく。
「彼女に会えなくなるくらいなら、這いつくばって泥水啜ってた方がマシだ」
秒で返ってきたのはやっぱり重い愛だった。
情けなくも愕然と目を見張る俺に、百瀬紫月は片口角を艶やかに持ち上げてふわりと小首を傾げる。
「もういいですか?俺の会いたい人は澄香さんなんで」
何故か異様な色気を振り撒かれ、奴は飄々と立ち去ろうとする。
輝く電燈に照らされた完璧な横顔を食い入るように見つめ、ばくばくと心臓が高鳴る。
は?高鳴る?いや違う、危うく惚れそうになったなんてクソほど一ミリも思っていない。
この男に勝てないだなんて、断じて思ってない。
余裕綽々の様を見せつけられ、わなわなと先程よりも拳が震え全身が熱くなる。
「おい待て…!」
それに比べて引き止める自身の声が余裕のないもので、苛立ちが極限に達する。
昔から感情的に発言する人間が嫌いだった。
自分は頭の中で先を見据え考えてから口を開くタイプだった。
なのに今は真逆。感情的になり、兎に角がむしゃらだった。



