「っ、」
「俺を動揺させようとしてるんですか?それとも怒らせようとしてる?」
微笑みを携えたまま離れた百瀬は、まるで純粋に疑問を投げかける。
その赤子のような無垢な眼差しに戦慄が走った。
明らかに状況にそぐわない穏やかな空気に、逆に背筋が凍りつく。
「何を言って、」
「だとしたら、何を言っても無駄なのになって」
「は?」
「俺はあの人の言葉しか信じないし響かない。彼女に死ねと言われれば普通に死ぬし誰かを殺せと言われれば簡単に殺せる。それくらい、俺の全てはあの人で動いてる」
たっぷりの色香を溶かした潤沢な青の瞳。
そこに映るのは、まさに崇拝だった。
嗚呼、分かった。
こいつは感情が読み取れないんじゃない。
初めから俺に対して感情がなかったのか。
なんて頭の片隅で冷静なことを浮かべてみても、目の前で当たり前のように重く歪んだ愛をひけらかす男に息が詰まる。
「…お前、女嫌いはどうした。まさか澄香さんに近づく為にうちの事務所に来たなんて言わないよな?」
「その通りですよ。最初から澄香さんが欲しくてケンジさんの誘いにのった。俺はずっと不純でしかないです」
こちらがおかしいとでも錯覚してしまうほどに、百瀬は柔く目尻を下げ清々しい顔をしていた。
無意識のうちに握りしめていた拳が震えている。
怒りからか、恐怖からか。
俺が奴に与えようとしていたものが、自分に返ってきてるようだった。



