百瀬紫月は寄り掛かっていた身体を起こし、ポケットに片手を突っ込みながらこちらを見据える。
ただそれだけなのに悔しくも気後れして、知らぬ間に半歩後退りしていた。
人工的な夜の輝きを浴びるその顔はやはり美しく、信じられない事にこの俺が立場も我も一瞬吹き飛んで見惚れてしまいそうな程だったからだ。
対して百瀬の表情筋は一つも動くことなく、「どういう事ですか」と静かにこぼした。
「澄香さんを待ってたんだろ?いま一緒に住んでるらしいな。だがもうお前は会うことはない」
俺が死刑宣告をされたように、お前にも死刑宣告を下してやる。
頭にのぼった血を泡立てながら立てた完璧な策を、気を取り直すように淡々と告げる。
「ビジネスホテルを用意した。暫くはそこで過ごせ。それから来週、女性ファッション誌の撮影がある。テーマは休日のカップルコーデ。ちょうどモデルの恋人役を探していたところだ。喜べ、無名のお前を抜擢してやる」
「……随分と急ですね」
「急を要するんだよ。腕組みは勿論、そうだなバックハグのカットも撮るか。主役の女と密着は必須。撮影場所は事務所一階のカフェスペース。一般人も見学できる、失敗は許されない」
女が苦手な百瀬紫月にとっては、まさに死刑と同等の仕事。圧を掛けながらも、はなから期待はしていない。
公衆の面前で恥をかき、芸能界の厳しさを身をもって学べ。
そして当たり前のように失敗した奴を、修行だとでも適当な理由をつけて海外に飛ばしてしまおうか。
「できるだろう?治療していたのだから」
挑発するように片頬を歪めた。
すると、百瀬は光沢を得た長い睫毛を瞬かせる。
「……治療?」
「ほお、知らなかったのか」
それは思ってもみない絶好の穴だった。
笑みを深め、どす黒く染め上げられた心が踊り始める。
「教えてやるよ。澄香さんがお前と一緒にいる理由はな、お前を女に慣れさせるため。社長が無理に頼んだからだ」



