焦がれる吐息





「え?」と惑う運転手の声に歪んだ笑みを片頬に浮かべながらも既にドアを開け半身は外に出ていた。


「近くの駐車場で待ってろ」



冷ややかに吐き捨てたと同時、黒光りしたドアを荒々しく閉める。

鋭く見据える先は信号を渡った数十メートル先。

碌に顔も見えないが一目触れた瞬間分かった。

眉間の皺を深めながらコツコツと一心不乱に革靴を鳴らす。

近づけば近づくほど、不可思議な異彩を肌で感じる。

周りの人間もひっそりと何度も振り返っているのが分かる。

煌めく街灯を浴びるオブジェの影、そこだけ別世界のように静まり返った境界に一歩踏み込んで極めて冷静に口を開いた。



「待ち人なら来ないだろう」



握り締めていたスマホからゆっくりと顔をあげた男と視線がぶつかる。

感情ひとつも読み取れないガラス玉のような灰色の瞳に皮肉に笑った自分が映った。




「残念だったな、百瀬紫月」



冬の到来を感じさせる木枯らしが、氷の鞭のように痛く頬を切る。

寒空の下、まるで忠犬ハチ公のようにじっと佇んでいた奴は一体誰を待っていたのか。

聞かなくても何となく分かってしまう、知りたくもない事に胸の中にまで寒風が荒々しく吹きつけた。