𓂃◌𓈒𓐍
車窓を通り過ぎていく見慣れた夜のビル街をあてもなく眺めた。都市の煌びやかな夜景は生き生きとしているのに、自分の心は死んだように仄暗く沈んでいる。
「———副社長、このまま直帰されますか?」
運転手がバックミラー越しに顔色を伺い見ているような気配がしたが、静かに目を瞑り胸に刺さったままの太い棘の痛みに耐えた。
『アンタみたいな自分の立場利用する男、死ぬほど大っ嫌い」』
いつも背筋の良い凛とした背中は微かに震え、絞り出すように吐き捨てられた台詞。
約9時間程前の昼間に突き刺さった言葉が何百回も繰り返し脳内でリピートされて、何百回と呼吸が止まりかけている。
まさに瀕死の状態だ。
何を間違えたのか、どこから狂っていたのか、最早自分には分からなかった。
ただ、
『私、とても好きな人がいるので』
恐ろしい程に美しく真剣な眼差しで告げられた死刑宣告のような衝撃が、4年間直向きに積み重ねてきた純粋な恋心をぐにゃぐにゃに歪めてどす黒く染め上げた事だけは分かる。
思い出せば思い出すほどズキズキと痛む胸の痛みと共に、内臓が焼け震えるほどの怒りが襲ってきて無意識に握り締めていた拳をダンッ!と窓枠に打ちつけた。
「ひっ!」
「いや、今すぐ事務所に戻れ」
「え、今からって、間もなく退勤時間…」
「いいから戻れ。そして百瀬紫月を呼び出せ」
「ももせ、しづきって、」
「社長が連れてきたクソガキだ」
「……今日の帰りは遅くなると思え」低く言添えてギリと奥歯を噛み締めれば、運転手がこくりと生唾を呑み込む。
規則は絶対。運転手の言う通り普段だったら定められた労働時間キッカリに部下を退勤させるのは当たり前だった。
無駄な人件費、残業代を増やしたくないからだ。
だが、今夜は仕方がない。
先に全てをぶち壊したのは、あのクソガキだからな。



