「……何故、澄香さんが百瀬紫月と…?」
独り言のように呟きながら、宍戸さんは俯き眼鏡を外す。
胸ポケットからハンカチを取り出してレンズを拭く、その指先は微かに震えていた。
苛立っているのか、怒っているのか。
今、宍戸さんがどんな感情を抱いてるのかは定かではなかったけれど、百瀬くんに対して負の感情を放っていることは明確で。不安が次第に増長し脈拍が速まるのを感じる。
何故、百瀬くんと私は一緒にいるのか、それは……上手く説明しようにもできない関係に言葉を探している最中。
宍戸さんは「あー成る程」と自己完結のような言葉とともに冷ややかな笑みを漏らす。
眼鏡をつけ直し、こちらを見下ろす双眸は私の好きな瞳と違って酷く澱んで見えた。
「社長も本当に困ったお人だ。女が苦手な百瀬紫月の為に澄香さんで慣れさせようとしてるのですね?社長が出張に行く直前残した言葉がずっと引っ掛かってたんです。“治療するから大丈夫”と」
「それは、」
「この度はうちの事務所の者がご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした。社長にも話して早急にこんな馬鹿げた事はやめさせますので」
迷惑、馬鹿げた事……
確かに、ケンちゃんが始めたことで、でも、
「迷惑なんて、掛けられてないです」
百瀬くんに一度も迷惑を掛けられたことなんてない。
私達が過ごす時間は、とても短いけれど、馬鹿げてなんてない。
はっきりと言葉を紡いで下唇をぎゅうと噛み締めれば、宍戸さんは一度深い溜め息を吐いた。
まるで感情を必死に沈めるように。そして真剣な眼差しを私にぶつける。
「……澄香さん、ご存知ですか?我が事務所と契約する際に記載されている事項は、」



