———冷んやりとした感覚が、そっと頬を撫でる。
忌々しい記憶に襲われる前だった。
瞼を開ければ、美しい星空を閉じ込めた青の瞳と重なる。
いつの間にか、彼は目線を合わせるように私の前にしゃがみ込んでいて。
ただ優しげに目尻を垂らして、涙すらも大切そうに私の濡れた頬骨を丁寧に拭った。
その優しさに、泣いてるんだって漸く気づいて。
心の傷に沁みて、ぽろぽろと余計に涙が止まらない。
「……すみません、私、何泣いてんだろ」
それでも唇は、癖のように虚勢を張ってしまう。
「……夜空が苦手なのも、煙草を吸うきっかけも、全然大した理由じゃないんです」
ずっとそうだった。
自分に起きた事は大したことじゃない、そう思い込まなければ、今すぐにでも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
煙草を吸って男に嫌われようとしたり。
ジムだって、美容の為でも何でもない。あの男の言葉がずっと頭に残ってて、肉をつけるのが怖くて必死で運動して。また同じ事があった時逃げられるように体力つけて。
そうやって情けない鎧を纏って。母と疎遠になり、将来の希望もない私は、一人でも歩いて行けるように自分で自分を必死に守ってきた。
「ほんと、大した事ないのにっ…」
それなのに、どれほど強がってみても、ずっと傷が痛い。もうずっと、息が苦しい。
濡れた睫毛を伏せて、次零れてしまいそうな涙を堪える。すると、痛いくらいに身体を小さくしていた私の腕が柔く引っ張られた。
「もう、肩の力抜いて大丈夫ですよ」
耳元で、こころを解すように、穏やかで落ち着いた声が響く。
まるで外の世界から守るように、大切に優しく包まれる。抱き締めてくれる腕は、震える背中をそっと撫でてくれる。
「どんな理由でも、幾らでも泣いてください。その度に俺が澄香さんを甘やかします」
甘く囁かれる言葉がまるで魔法のように、10年近く張り詰めていた息を、全身の力を抜いていく。
「澄香さんが今まで頑張ってきた分、これからは俺が澄香さんの為に何だってします」
「だからもう、何も考えずに俺に寄り掛かってください」



