焦がれる吐息






その息詰まる夕飯の味が途端に分からなくなったのは、夏のはじまりと共に。制服が夏服にかわってすぐのことだった。


「香織さんの店くると仕事の疲れぶっ飛びます」

「そこはあたしの顔見れるからって言ってよ〜」

「はは、確かに香織さんの顔見れるからだ」

その頃になると、母と羽柴の関係がより親密になっているのは明からさまだった。

羽柴がお店に来た日は、母が朝方まで帰ってこなくなったから。酷い酒臭さを漂わせて帰ってきたかと思えば、羽柴との惚気話を酩酊しながら愉しそうに語っていた。

母が元気になったのなら良かった。お店も順調。

きっと羽柴も、私が母の娘だから過剰に褒めてくるだけ、ちょっと、見てくるだけ……。

そう自分に言い聞かせるようにして、噎せ返るような二人の会話を聞こえないふりして。真っ新な半袖ブラウスに染みが付かないようにカレーを黙々と食べていた。

その日は、何故か羽柴は私の隣、肩と肩がつきそうな至近距離に座っていた。

避けるタイミングを見失い、だから、いつも以上に急いで口を動かす。


その時だった。

カウンター下で夏仕様の薄地のスカートに、何かが触れる。

働きたくない直感がすぐに働く。

恐る恐る視線だけを落としたその先で、ごつくて、手荒れの一つもない指先が、もう一度スカートの裾をひらっと揺らす。

鳥肌が立って、さり気無く足の位置をずらす。

それでも、卑猥な指先が私の膝にとんっとのって。さわさわと撫でてきた。

カウンターに立つ母からは見えない。

男も、平然と母と会話を続ける。


「っ、ごちそうさま!」

「あら、全然食べてないじゃない」

「……ごめん、いまダイエット中」

「え〜澄香ちゃん全然太ってないよ?寧ろもっと肉ついてもいいくらいじゃない?ね、香織さん」


何食わぬ顔してまた私の身体を眺めて、母に笑いかける、そんな下衆な男に吐き気がした。

拳をぎゅっと握り締めて、店を飛び出した。


「(…もう、お店に来なければいいんだ)」


看板に灯る母の名前を見つめながら、じわっと目尻に溢れる雫を独りでごしごしと拭った。