焦がれる吐息






スナックは午後7時開店、深夜1時閉店。自分の夕飯は営業開始前に店で食べて、そのまま開店準備を少し手伝う約束を母親としていた。

場所は、飲み屋街から一歩外れた閑静な裏通り。二次会向けのスナックに最適な物件を不動産屋さんが見つけれてくれたと、母親は嬉しそうに言っていた。


真新しいセーラー服の裾を揺らし、履き慣れないロファーを鳴らす。人通りの少ない静かな路地は、淡い暮色に包まれていた。


【スナック かおり】


今時珍しい、レトロな看板が目に入って急に恥ずかしさが込み上げてくる。まさか、自分の母親の名前がライトアップされる日がくるとは思わなかった。

店前に並ぶ開店祝いを横目に、落ち着かない指先で古びた木製のドアを開ける。

鳴るのはカラン、と小気味良いベルの音。

そして透かさずもわっと鼻腔を襲ってくる匂いに、む、と顔を顰めて一瞬息を止める。


「あら、おかえり。入学式どうだった〜?」

カウンター下からひょっこり出てきた母親は、やっぱり煙草を咥えていた。

背後に並ぶ酒棚のライトによって、白髪染めしたばかりの髪は鮮やかな紫光りの黒を強める。煙を吐き出す真っ赤なルージュはいつもよりもふっくらと見え、一段と気合が入っているのが分かった。


「……ケンちゃんが沢山写真撮ってくれた」

「そう、あとで送ってもらわなきゃね〜。あ、もうすぐ羽柴さん来るから、澄香もちゃんと挨拶してね」

「ハシバさん?」

「お世話になった不動産屋さん。なかなかいい男なのよ〜?」


私の入学式なんてそっちのけで、派手な唇をご機嫌に緩める母に、少しだけ嫌な予感がしたのを今でも覚えてる。


そして、母親が言った通り、その男はすぐに現れた。


カラン、と一つベルが鳴る。


———その音が、“死ぬほど男嫌い”になる始まりの合図だった。