『アタシ、韓国に一ヶ月も行くの。その間、スミちゃん一人なのよ?』
「だから?」
『だからね、何かあってもすぐに助けにいけないの、———あの時と違って』
ぎゅ、と、唐突に心臓が握りつぶされる。
不意を突かれた"あの時"に、簡単に動揺してしまう心が悔しくてたまらない。
もう、何年も前のことなのに。
背後からゾッと、懐かしい恐怖が襲いかかってきそうで、逃げるように静かに睫毛を伏せる。
『誰かがスミちゃんのそばにいてくれた方がアタシも安心なのよ。分かるでしょ?』
…… いじわる。そんなの、分かってる。
ケンちゃんがどれほど私を心配してくれているのか、心が窮屈になるほど分かってる。
もしかしたら、彼と一緒に住まわせようとしているのはこれが一番の理由なのかもしれない。
それでも、私は、
「……ひとりでいた方が、安心だけど」
どんなに心配をかけても、男と住むなんて絶対に無理だ。女が苦手な人だろうが、誰であろうが。だって、死ぬほど嫌いなんだから。
ぎゅっと、スマホを握りしめた。
機械越しに流れるのは、暫しの沈黙。
カチャカチャとお皿がぶつかる音だけが聞こえてくる。大方、空港のラウンジで優雅に時間を潰してるのだろう。
すると突然、『…キュポンッ…!』と、小気味好い音が鼓膜を突いて、思わず伏せたばかりの睫毛をぱちぱちとさせる。
……ワイン、開ける音…?
『もう本当に強がりさんなんだから!!!』
「っ、うるさ、」
『いい?!えげつなき美青年が今は大切な澄香のボディーガード、未来はアタシの会社のスターになるの。こんなに最高なシナリオがあるかしら?ないわね、はい!もう決まりよ!!』
「いや、」
『ゴク、ゴク』
……呑んでる、絶対。
胸の内に広がる闇を無理やり吹き飛ばす、最悪な演出。おかげで私は、続く反抗の言葉を呑み込んでしまった。さすが芸能界のドン。うふふ、と悪戯に笑うケンちゃんに反発する気力さえ奪われていく。
『あ、彼にはね"社交的な従姉妹は、快く承諾してくれたわよ"って伝えてるから。彼のことは責めないであげてね』
「……は?」
『だって、スミちゃんが男嫌いなんて言ったら彼も変に気を遣って逆に距離できちゃうでしょ?…っきゃあーん!やだもうーワイン零しちゃった!ごめーん、スミちゃんまたあとで連絡する〜!』
……ぷつん、と。
急に静かになった画面を耳から離し、愕然と眺めた。



