精一杯に眼差しを向けた先、百瀬くんは小さく笑む。
私が予想したよりもずっと綺麗で穏やかに。
そして、何処となく、無機質に。
「もう未成年じゃないです」
「?」
「一昨日…3日前くらいに、二十歳になりました」
「……え?」
それは唐突だった。
不意だったから、頭が追いつくのに時間がかかった。
急に何処かに一人置いてけぼりにされたような、妙な焦燥感がざわざわと襲ってくる。
一昨日は、百瀬くんが一日看病してくれた日…
三日前は……、
「……迎えに来てくれた日…?誕生日、だったんですか?」
自身の声が、ほんの少し揺れたような気がした。
顔が強張る私に、百瀬くんは曖昧に微笑んでから、ゆったりとテレビの方へと青い瞳を流す。
それにまた一つ、心臓が嫌な音を立てる。
『……まあ、大した仕事じゃないですけど』
あの時と同じようだった。
彼は画面を見つめて、静かに何度か瞬きを繰り返す。
そのたびに、髪がかかる煙るような長い睫毛が、美しくも侘しい陰を落とす。
「……だと思います」
感情の読み取れないその横顔は、これ以上は聞かないで欲しいと言っているようで。喉元まで迫り上がっていた言葉を咄嗟に呑み込んだ。
なんで、言ってくれなかったんですか?
どうして、曖昧なんですか?
そんな重い言葉をぶつける資格も、静かに逸らされた瞳に踏み込む勇気も、この時の私にはなかった。
「もう言ってよ」なんて友達に軽く怒るような関係でも、「教えてほしかった」なんて烏滸がましいことを簡単に伝えられるような関係でもない。
私たちの関係は、形のない煙のように酷く曖昧で、虚しく霞んでいた。
唇の両端を締め付け、静かに立ち上がりキッチンへと向かう。
たかが、誕生日だ。
でも、そっか。
「(そっか、百瀬くんの誕生日だったんだ)」
“【今日、夜ご飯一緒に食べませんか】”
初めて百瀬くんからメッセージがきた日、それを断ってしまった日。雨の中、酔っ払った私を探させて、迷惑をかけてしまった日。
振り返れば振り返るほど、胸腔の辺りに圧迫感を覚える。
あの日の百瀬くんの姿を、表情を。私が彼に放った言葉を、行動を。思えば思うほど、喉が腫れあがって痛くなる。切り傷に風が触れたように、胸が痛くなる。
「(……知っていれば、)」
冷蔵庫を開けてすぐ目に入る大好きな缶ビールに、胸の奥がツンと切なくなった。



