焦がれる吐息





『———アタシが見つけてきた子、どお?』


ふふん、と誇らしげに鼻を鳴らす社長の横に静かに並ぶ青年。第一印象のインパクトは、事務所スタッフが街中から見つけてきたどの人間よりも強烈に残っている。

圧倒的な美貌。そして佇むだけで感じるのは、繊細で病的な脆さと、年齢にそぐわない妙な色気。

青年は、この世の全てを諦めているような闇と、まだ穢れの一つも知らない無垢とが混淆したような不可思議な魅力があった。

青みの強いグレーの瞳が、ミステリアスな雰囲気を更に引き立てる。

百瀬紫月、19歳、身長183センチ、出生地出身地ともに不明。突如、社長が初めてスカウトしてきた男は謎だらけだった。


———まさか、あいつが…?と、脳裏に一瞬過ぎったがそれは直ぐに有り得ないと消し去る。


脳内データにしっかりと入力されているのは、年齢身長と並ぶ確かな情報、百瀬紫月は“女が生理的に無理”だからだ。


その情報が確信的なものとなったのは、社長が初めて百瀬紫月を事務所に連れてきた日のことだった。

偶々居合わせた女性写真家、菊乃先生が百瀬紫月に一目惚れをした。そして、先生の「撮ってみたい!」という遊び半分の一言から百瀬紫月の写真撮影が始まったのだ。


しかし、結果は最悪だった。


スタジオに騒ぎを聞きつけた女性スタッフが一斉に群がり、元々乏しかった百瀬紫月の表情は更に死んでいった。


それでも先生は心広く、艶やかなルージュが映える唇をにっこり。「また是非一緒に仕事がしたいわ」と百瀬紫月に握手を求めた。

握手くらいは流石にするだろうと見守っていた。先生の手を取りたい業界の人間は巨万といる。

けれど百瀬紫月は先生のネイルが施された指先を虚ろな瞳で見つめ、ただ立ち尽くしていた。

熱く好奇な眼差しが多く注がれる真ん中、百瀬紫月だけがずっと別世界にいるようだった。


その後だった。

俺が決定的な場面に鉢合わせたのは。


必死に先生のフォローをした後、疲労を抱えながら男子トイレへと向かった。

だがその足は、空間に一歩踏み込んですぐに引っ込む。

勢いよく流れ出る水音、苦しげな息遣い。

視界に飛び込んだのは、口を片手で覆い、項垂れるようにして洗面台下にしゃがみ込む百瀬紫月。


端正な顔は歪み、その顔面はまるで誰かに絞め殺されているかのように蒼白になっていた。その内にえずいた奴は個室に駆け込む。

その哀れな姿を見て悟った。

百瀬紫月に、この世界は120%無理だと。

モデル、俳優、歌手、アイドル、どの分野でも男女交流が必須な仕事。社長がどんなに期待しようが、メチャクチャな契約を結ぼうが、お遊びの撮影会たった一つで死にそうになっているのだから、この先何もできないだろう。



では何故、芸能界に足を踏み入れようとしている……?