そんな俺に追い討ちをかけるように、彼女は伺うようにこちらをそっと見上げた。
何か、心ありげな瞳で。
「……あの、もしかして宍戸さんって、ケンジから何も聞いてないですか?」
「(……シシド、サン……)」
みるみるシナリオから外れていき、至高の上目遣い、そしてこのタイミングで念願の初名前呼び。
予想外の事に人生で初めての【戸惑う】【慌てる】という無能モードに設定された自分は、頭の中に描いていたものが急に真っさらになると人間はこうも無能になるのか。
なんて冷静に考えてみても、もう既に平常運転なんてものができなくなっていく。
いつもだったら素早く回る思考回路も役に立たず、質問の意味を直ぐに聞き返す事が出来なかった。
ただただ、狼狽えていれば、
「……あーやっぱり何でもないです」
彼女は気まずそうにまた目を逸らす。そのまま「じゃあ、お先に」と呆気なく背を向けようとしてしまうから慌てて引き留めた。
「あ、おあおああの!これを渡したくて!受け取っていただけませんか…!!」
「え」
ずいっっ!と白い封筒を勢い良く差し出せば、迫り過ぎたか、女神は咄嗟に仰反るようにして受け取ってくれる。
最悪だ、もっとスマートに渡すはずだったのに。
だが仕方ない、何が何だか混乱中だが、こうなったら緊急事態のシナリオその弐。
潔く単刀直入にお誘いを……。
「これはですね、その、ぜひ澄香さんと…!」
両拳を握り締め、かぁああっと頬を燃やした。
その時、女神との空間を引き裂くように小さな着信音が廊下に響く。
「あ、すみません」
マナーモードにするの忘れてた、と彼女はコートのポケットからスマホを取り出した。
「い、いえいえ!お気になさらずに」
正直、着信に救われた。
一旦落ち着かなければ。肋骨を突き破るのではないかと思うほどの鼓動を抑えるように、こっそり胸に手を当て息を吐く。
その間に、何故か彼女は手の中で震え続ける画面を見たまま固まっている。
「??どうぞ、気にせず出てください」
「……あ、はい」
———この時、紳士的に優しく促した事を酷く後悔したのはすぐの事だった。
彼女は「失礼します」と少し離れてスマホを耳に当てる。電話が終わったらちゃんと伝えようと、もう一度深呼吸をした俺の息の根は直ちに止まった。



