「———昨日、何もなくて良かったです」
5分か、10分か、いや寧ろ時間が流れていないかのように静かだった。漸く温もりを解いた百瀬くんは、そう囁きながら一番に私の目尻に手を伸ばした。
触れたのは、私があげた絆創膏を貼った人差し指の背だった。擽ったいその繊細な指は、まるで涙の跡を辿るように頬骨を柔く一撫でする。
理由も、何も聞かず。
彼はただ静かに穏やかな眼差しを私に捧げ、でも目元には切なげな微笑を湛えていた。
華やぎはじめた朝を浴びたその優しさが、私の胸に追い討ちをかけるように熱く灼けるような痛みを与えた。
そして彼が部屋を出る一歩手前、
「……あの、さっきおでこにしたのって…?」
上手く躱されていた問いをもう一度投げかけた私に、振り向いた彼は桜色の唇をゆったりと持ち上げて。
「……さあ?それより、必ず着替えてきてください。これ以上はもう耐えられる自信がないので」
妖美な笑みを最後に、甘く艶やかな声を落として私の朝食を作りにいった。
すぐさまシーツに潜った私は、確かなトキメキの余韻に暫く動けなかった。
𓂃◌𓈒𓐍
それは、ドアの向こうでも。
「———全然足りない」
後ろ手に閉めたそれに背をつけて、ずるずると力無くしゃがみ込む。たった今彼女に触れていた熱い指先で、金の髪を掻き上げるようにして天井を仰いだ。
「澄香さんが」
煙を吐くように宙に浮かせた愛しい名に、余計に内に籠る熱が酷くなって。
遣る瀬無い感情をどうにか逃すために、深く、濃い溜息を吐いた。
𓂃𓈒𓏸



