「…荷物はここに」
「……ありがとうございます」
玄関の隅にスーツケースを並べた彼は、品の良い黒のレザーシューズを脱ぎ、サッと静かに腰を落としてきちんと揃えていた。
そんな礼儀正しい姿にくるりと背を向けて、「こっちです」と冷静を装ってズンズン廊下をすすむ。
ただでさえ、異性と二人きりなんて記憶にないくらいに久しぶりのことで。それが自分のプライベート空間に踏み込まれてるとなると、心臓が飛び出てしまいそうだった。
背後にいる彼を過剰に意識しすぎて、だからすっかり忘れていた。
やっぱり玄関で待っててもらえば良かったと、遅すぎる後悔をしたのはリビングに入ってから。
「(……そうだった…)」
目の前に広がるそこは、まさに女の子空間。
さっきは見落としていたソファーの背もたれ側の壁面にも、真っ白なウォールフラワーが遠慮なく飾られていた。
以前ケンちゃんがインテリアショップで『いやん、可愛い〜』と興奮気味に購入していたものだ。
一体、いつから計画してたのか。
隅々まで掃除したり、花を飾ったり、女子っぽく模様替えしたり。ケンちゃんの不可解な行動は彼が来るからだったのかと漸く理解して、ムッとした怒りが眉間にあらわれる。
「なんか、ケンジのイカれた頭のせいで、変なことに巻き込んじゃったみたいで本当すみません」
捨て損なったゴミ袋をポイっと隅に放り投げて、さっさとスマホを取り出す。
『どうか怒らないでね♥』なんて、こんなの怒るに決まってる。
彼も、女が苦手なのに『ザ・女の部屋』に強制的に収監されて可哀想だ。さぞ、この空間は地獄だろう。
「適当に座っててください。すぐ電話してきます」
背後にいる美しい顔には振り向かないまま、画面をタップしながら隣の寝室にいこうと一歩踏み出した、けれど。
「っ、??」
ちょんっと。右肘あたりの服が微かに引っ張られた感覚。
気づくか気づかないかのギリギリ。ほんとうに極小さな力だった為に「(……なに?気のせい?)」なんて不審に振り返れば、ゆらゆら揺れる青い瞳が申し訳なさそうに私を見下ろしていた。
「……あの、」
「…は、い…?」
「…勘違いしてると思います…、“澄香”さん」



