「、」
「ん、まだ熱いけど」
大きな手のひらが、私の額を優しく覆った。
そうして、寝癖で乱れた前髪から覗く綺麗な眉間に心配げな皺が寄せられる。
触れるひんやりとした体温、至近距離にいる百瀬くん、呑み込めない現状、曖昧な記憶に、ただただ固まり、瞬きを幾度か繰り返した。
「後でまた、薬飲んでください」
「……」
「食欲はありますか?」
「……」
「何か食べれそうなものあったら作るんで、」
「……」
「……澄香さん?」
柔軟剤のような、やさしい香りがさらに近づく。
覗き込むようにして美しい憂い顔が間近にきて、咄嗟にずずっ!と後ろに飛び跳ねた。
「あーっと、私、あの……」
シーツを目一杯に胸元まで手繰り寄せて、今更ながらに下品な姿を隠す。
何から話せばいいのか、何を聞けばいいのか。
ずるずると情けなく落ちた視線が泳いだ。
激しい鼓動を落ち着かせるように、ぎゅうとシーツを強く握り締める。
差し込む朝の光が気まずい空間を助長させる。
「……もしかして、覚えてないですか?」
その微妙な空気に、彼の穏やかな声がやさしく溶け込む。
「まあ別に、覚えてなくても良いですよ」
怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。至って落ち着いた様子に見上げれば、百瀬くんはひとつ距離をあけてベットに腰掛けた。
やっぱりまだ眠そうに目尻を下げたその表情は、何を思っているのか。
今日も変わらず、百瀬くんは読めない。
「すみません…あの、何て言えばいいのか…」
「いや?」
本当に何て事のないように首を傾げた彼は、ゆったりと膝に片頬杖をついた。前傾の姿勢になった低い位置から、こちらを斜めに見上げてくる。
まるでそれは、一昨日と同じような姿勢だった。
悔しくも私達二人だけの秘密の場所となったベンチで、肩を並べた時と同じように。
けれど、一昨日と比べて変わっていることがある。相変わらず何を考えているのかは読めないけれど、それに簡単に気づけてしまった。
瞳も、声も、空気も、百瀬くんから受け取るすべてが、初日よりも一昨日よりも、昨日よりも。
妙に、甘く感じてしまう。
彼から放たれる糖度が、更に増しているのだ。
「俺はちゃんと覚えてるんで、澄香さんのこと」
そして、目尻を緩めたトロンと甘い瞳が、私の鼓動に大きな波を起こす。
「えっと…そ、れは具体的に何を……?」
もうこれ以上は後退できないのに、ヘッドボードにこれでもかと背中をぎちぎちとつけて動揺する。
私の崖っぷちのような状況と、百瀬くんの謎な空気感がミスマッチすぎて変な手汗を掻き始める。
そんな私に、彼は困ったように微笑んだ。
「それは、聞かないほうが良いと思います」
「…そ、そんな粗相を……?」



