少し先で、白く浮かび上がるように光を放つ看板を目にした私は、当時の記憶から逃げ出すように走って、走って、雨の雫が跳ねるのもお構いなしに、夜を駆け抜けた。
『澄香がいれば安心だね』
『先輩はほーんと完璧っていうか〜』
景色とともに流れる眩しい言葉に、鼻の奥がツンとする。
白い光に溢れたコンビニに辿り着いて、息を整えるようにゆっくりと深呼吸をした。
誰もいない屋根に入り、傘を閉じる。
一番隅、スタンド灰皿の前に移動して、震える指先で取り出したのは、吸い始めた頃と同じ安いライター。
そして、当時から変わらない銘柄の煙草。
『迎えに行きます』
一本咥えれば、またフラッシュバックが起きた。
先程とはまるきり違う、そのやさしい記憶に、浮かぶ彼の声に、目頭が熱くなる。
こんな時でも、ほんのり心が温かくなったような気がした。
男の声なのに、身体が震えないのはどうしてだろう。
カチ、カチ、とライターに掛けた親指を動かしながら、段々と目の前が滲んでくる。
すん、と鼻を啜りながら、カチ、カチ、と何度試してみても空振りばかり。
「(……ついてよ…)」
とうとう、目の淵に溜まったものが、ぽろぽろと頬を伝う。
何の涙なのかは、分からなかった。
ただ、まともに夜道を歩けない自分が、取り繕ってばかりな自分が、素直になれない自分が、情けなくて、恥ずかしくて、酷く滑稽で。
そんな自身が、嫌で嫌で、仕方がなかった。
心許ない指先で涙を拭って、
お願い、お願い、お願い、と。
必死で火を灯そうとしていた、そのときだった。
そっと、頭上から影が降り注ぐ。
繰り返す摩擦で赤くなった親指の上から、ふわりと包み込むように手が握り締められる。
驚き見上げたその先で、無数の光が散りばめられた美しい青の瞳と重なった。
「……ど、うして、」
ほろり、と煙草が落ちる。
でも、そんな事を気にする暇もなかった。
「困らせるって分かってても、自分の欲を優先させたかった」
握り締められた手に、ぎゅ、と力がこもる。
「なんて言ったら、怒りますか?」
星のように煌めく髪を靡かせた百瀬くんは、やさしさを込めるように、ふわりと目尻を下げた。



