焦がれる吐息





少しずつ、心臓が嫌な音を立て始める。


「スミ先輩が居てくれなかったら、またやらかすところでした……」

「……」

「……先輩って美人で、お酒も強いし優しいし、スタイル抜群で…ふふ、実は努力家なのも知ってます!」

「……」

「ジムも毎週ちゃんと通ってるんですよね〜凄いなあ〜わたしなんて、すぐに飽きてサボっちゃうもん。先輩はほーんと完璧っていうか〜」

「……」

「…ってスミ先輩?やっぱり怒ってます…?」


着実に近づいてくる気配に、傘の柄を握る掌が少しずつ、少しずつ震えはじめる。

「きょうは、調子乗りすぎてごめんなさい」

伺うように覗き込んでくるのは、トロンと愛くるしい双眼。その無防備な瞳に「ごめん、ぼうっとしてただけ」とまた小さく笑い掛けながら、自然と歩幅を大きくした。

何も気づかぬ彼女は、「もお〜」と安堵したように笑って、絡む腕に冗談半分に体重をのせてくる。


「あ、そういえば先輩、今日はあんまり煙草の香りしませんね?」

「……そう?」

「ふふ、先輩の元の香り?っていうか〜なんかふわわーんって好きなんですよね〜わたし」

「……」

「紙煙草って匂いつくの嫌じゃないですか〜?ほら、もうみんな電子タバコ?吸ってません?」



楽しそうに世間話をする声が、自分の大きな心音に負けてちゃんと頭に入ってこなかった。コクリと、乾いた喉を動かして目の前の大きな水溜まりに突っ込む。

足元は、買ったばかりローヒールショートブーツ。艶のある新品の黒革が濡れるのもお構いなしに、足早に水面を蹴った。


「あ、せんぱい、ちょっと待って、ヒールが、」


けれど、慌てたように尾崎は立ち止まってしまう。同時、真後ろで、ぴちゃんと同じ音が跳ねた。