焦がれる吐息




———すこし考えさせて、なんて昨夜は言ったものの意味不明な"おねがい"を引き受ける気なんて、さらさらなかった。


頭の中のケンちゃんに思わず舌打ちを鳴らしそうになってぐっと堪え、静かに視線を落とす。
 
細身の黒いパンツを履きこなす長い足、その傍らには大きなスーツケースが二つ。

その荷物を目に、頭を抱えたくなった。



「……私、ケンジのいとこで、ここの住人なんですけど…スカウトされた方ですよね、ケンジに」



落ち着いて問い掛ければ「…一応、」と、彼は困惑を示すように伏し目がちになる。

色素のうすい睫毛が際立ち、繊細な影をつくっている。

美しくもあり、どことなく影があるような不思議な人だった。ふとしたときに消えてしまいそうな、脆く儚い雰囲気を纏っている。


…とりあえず、ケンちゃんを問い詰めよう。

彼の反応からして、状況を理解できていないのは一緒のようだから。



「ケンジに電話してみます…一旦、」


"ここで待っててください"、と言葉を続けようとした、そのとき。


ちょうど隣の住人の女性が廊下を通った。