焦がれる吐息





思わず舌打ちを鳴らせば、尾崎は綺麗なセパレートの睫毛をぱしぱし。


「……え、やさぐれスミ先輩かわゆ。彼氏さんと何かあったんですね?きゃーん、スミ先輩が恋愛で悩んでるう〜えーん、かわいい〜!」

「だから彼氏じゃないってば」

「ふふ、なるほどなるほど。でも、あの美男子でお悩みなんですね?」

「……違う」

「はいはい、今日の飲み会でたーっぷり聞かせてくださいね!」

「飲み会?」


そろそろ退勤だ、と、カーテンを開けようとした手が止まる。「聞いてないんだけど」という意を込めて睨み振り返った先で、尾崎はふにゃんと悪気のない笑みを咲かせた。


「今日は新人ちゃんの歓迎会ですよ〜ん!」

「聞いてない」

「言ってもスミ先輩、絶対参加してくれないじゃないですか〜もうお店も予約してるのでキャンセルはなしで〜す」

「無理」

「新人ちゃん、スミ先輩に接客してもらって、それで憧れてウチに入店したらしいですよ?スミ先輩とご飯行けるの楽しみにしてるんですよ?健気な想いをそんな粗末に扱っていいんですか?!」

「……」

「それにスミ先輩、最近上がったらすぐ帰っちゃうじゃないですか〜寂しい〜わたしもスミ先輩とご飯に行きたい〜〜たくさん話したい〜」

「(……私だって、)」


行きたいけど、ケンちゃんが今出張でいないから。そんな情けない言葉をグッと飲み込む。



……飲み会に行きたくないわけじゃない。

ただ、夜、正確には日が暮れる時間帯から外を歩くことが苦手だった。

というよりも、出来ない。

“あの日”から、出来なくなった。

当初は、昼間でさえ外に出ることができなかった。明るれば一人でも歩ける、そうなれるのに三年かかった。

大学生になってやっとだ。

今でもバイトは早番のみ、夕方には必ず帰宅。

どうしても夜外出する時は、必ず帰りはケンちゃんに迎えに来てもらっていた。

成人している大人が、なんて情けないのだろう。


けれど沈んでいく陽を見れば、どうしても身体が震えてしまう。あの頃の恐怖に、足が竦んでしまう。

あの日に一人だけ取り残されているようで、いつまでも呪われているようだった。


「スミ先輩、久しぶりに女子会しましょ?」


うるうる、態とらしく大きな瞳を潤わせて両手を握り合わせる尾崎を前に眉尻を垂らす。 


ずっと、呪われている。

でも本当は、時間なんて気にせず、暗闇なんて気にせず、友人と飲みに行ったり遊びに行きたいと思う事がある。“普通の女の子”として過ごしたいと、家で一人呑んでいる時に無性に押し潰されてしまいそうな時がある。


「ビール、一緒に乾杯しましょ?」



追い討ちをかけてくるあざとい女に、もう一度大きな溜め息を吐いた。


「……一次会だけね」

「きゃ〜やったぁあ〜〜!!」



………タクシー使えばいいか、と、スキップでフィッテングルームを出て行く背中を見つめながら、胸に蔓延る闇を必死に掻き消した。