焦がれる吐息





「私って、女にみえないかな」



———カッシャーン…!と何かが落ちた音が響く。


「…っ、す、すみません…!!」


慌てふためく謝罪の声に視線を落とせば、足元へと、ころころメジャーが転がってきた。


「お客様の前では落とさないようにね」

「いやいやいや!スミ先輩が急におかしな事聞いてくるからじゃないですか…!」


あたふたする新人の子に「はい」と拾ったメジャーを渡したところ、透かさず突っ込んでくる尾崎。目の前の鏡には、キャミソール姿の自分が鬱陶しげに眉を寄せて映る。

冷たい雨がサラサラと降る平日の夕方、バイト先の店内は客足が鈍く閑散としていた。

そんな日に限ってスタッフの人員も多く暇な為、フィッティングルームにて、新人の子のバスト採寸の練習に付き合っている最中だった。

指導者は尾崎、私はただマネキンと化してバストを測られていたのだけれど、自分をぼんやり見つめていれば、つい“おかしな事”を聞いてしまっていた。


「ごめん、続けて」


すん、と表情を戻してまたマネキンになろうとすれば、尾崎は一人ぷんすか怒りだす。


「もう無理に決まってるじゃないですかあ〜!ごめんね、一旦おしまいにしよっか、また後日練習しようねえ〜」

「え、あ、はい、」

「スミ先輩とすこしミーティングするから先に戻ってて、ごめんね〜」

尾崎は新人の子の両肩をモミモミしながら、新人の子はチラチラと私の顔を伺いながら、二人ともフィッテングルームから出て行く。

それを無言で見送り、着替えようとニットに首を通せば尾崎はすぐに戻ってきた。



「ちょっと?!スミ先輩どういうことですか?」

「なにが」


シャ!と勢いよくカーテンは締められ、そして凄い剣幕で詰め寄られる。尾崎はダンッ!と私の背後の鏡に片腕をついた。この態勢は、以前ケンちゃんが教えてくれた壁ドンというやつではないだろうか。



「“私って、女にみえないかな” ですって?聞き逃しませんよそんな可愛くも途轍もなく無駄な呟き!なんですか?!スミ先輩が女にみえない?!はあーん?」

「………」

「スミ先輩以上にフェロモンむんむんな女性いませんけど!!!」

「………」

「スミ先輩がバスト採寸の練習台になってくれるときスタッフみんなウッハウハなのご存知ですか?女も抱いてみたい女、女も堕ちる女、それがスミ先輩なんです!」

「……いや意味分かんない」


乱れた髪を掻き上げながら溜め息を吐けば、突然目の前に手のひらが突きつけられる。


「50回目!」

「は?」

「今日スミ先輩が溜め息吐いた回数です!出勤してからずーーーっと!溜め息とともに色気がだだ漏れてるんです!みんなうっとり見惚れちゃって買い物どころじゃないしっ…!売上半減!業務妨害です!」

「……売上悪いのは雨のせいでしょ」

キーンと甲高い声が、今朝から痛む頭を更に悩ませる。おまけに昨日から微熱のように気怠さを感じる身体が、ずーんと更に怠くなった。気を和らげるように眉間を揉みながら、返事の代わりにまた深く溜め息を吐いた。

尾崎の前で変な事を呟いたのが間違いだった。残り5分で上がる時間、早く帰って休みたい。そう思っても、家を思い出せばまた気が重くなる。


すると尾崎は静かに体勢を戻し、今日も変わらず完璧なベビーフェイスを心配げに曇らせた。


「……もしかしてスミ先輩、彼氏さんと昨日何かあったんですか?」



遠慮がちに問いかけられたそれに、ぴくりと片眉が動く。続けてつい昨日の出来事が走馬灯のように脳内を駆け巡り、嫌でも熱をぶり返す。

肩の重みや香り、声、言葉、そして、手をぎゅうっと握られる感覚が無限に蘇って、いつまで経っても消えてくれない。