焦がれる吐息





まだ彼女が去ってから30分も経っていない。

家は近いのだろうか、無事に帰れているだろうか。

性懲りもなく彼女のことを考えながら歩いていれば、すぐに目的地に辿り着く。

自動ドアまで残り数メートル。不意に、ふわっと馴染みの香りが漂ってきて辿るように顔を上げた。


『っ、』


時が止まった。喉奥で熱いものがつっかえる。心臓が烈しく高く打つ。

店前の片隅、スタンド灰皿の前で紫煙を燻らす一人の女性がいた。

ずっと、たった今も想いを馳せていた彼女だった。


『———今?スーパーで買い物中。』


傍に停車しているワンボックスカーで死角になっているのか、電話をしている彼女はこちらに気づかない。

しなやかな指先に挟んだ煙草を、気怠そうに色っぽい唇に近づける。些細な仕草に馬鹿みたいに目を奪われた。


煙を纏う彼女は、いつにも増して妖艶で、


『……心配しすぎ。別に一人で平気だって』

『……ケンちゃん忙しいんでしょ。私に構ってる暇があるならちゃんと仕事しな』

でも、静かな声を淡々と返すその姿は、いつもと違って小さく儚く見えた。

すぐに電話を終えた彼女は、昇る煙を追うように夕焼け空を仰ぐ。

じっと空を眺める瞳は、次第に潤むようにユラユラと揺らめき、哀しげに輝く。

ふと、煙草を挟む指先が、遠目でも分かるくらいに震えているのに気がついた。彼女はそれを誤魔化すように、まだ長い煙草を灰皿に押しつけて一歩を踏み出した。

慌ててキャップの鍔を下げて、車の影に隠れようとした。でも———


『…あーもー……』


鼓膜を掠めたのは、苛立ったような小さな声。

もう一度顔を上げてみれば、踏み出したはずの細い脚も震えていた。

まるで、何かに怯えているようだった。

空から背くように、長い睫毛は影を落として。美しい陰影を育むその顔は、悔しそうに眉間が搾られている。

そして、自身を奮い立たせるように両拳で太腿をトントン叩き始めた彼女。

それでも、最後まで震えは止まらなかった。


彼女はまた、スマホを取り出す。

『……すみません…タクシー、一台。』

不思議なほどに落ち着いた声は、感情をひた隠しているようだった。

スマホを耳から離した彼女は、髪を掻き上げながら頭を抱え、美しい唇をほんの僅かに動かす。


『……情けな…』


心が、震えた。

声は聞こえなかった。でも、確かにそう言った。