焦がれる吐息




少し離れたところで、一本の桜の木がこちらを見守るようして立っている。

昼間に園庭を眺めるのは初めてだった。部屋でも窓はずっと閉め切ったまま、カーテンから外を覗くこともなかった。異色な瞳のせいか、強い日差しが苦手だったから。


———だからこの時、この少年がいなければ、眩しい彼女の存在を知ることができなかった。

きっと一生、胸の高鳴りを知らないままだったかもしれない。


『……開けてあげよっか』

『うるせ、こども扱いすんな』

アイスの袋を開けるのに手こずっている姿に首を傾げれば、透かさず睨まれる。

『……早く食べないと溶けちゃうよ』

ぽんぽんと、ついケイトのように頭を撫でてしまえば『な、にすんだよ…!』なんて、顔を真っ赤にして更に怒られた。

鋭い鳶色の瞳に、緩やかに口角を上げた自分が映る。

午後のゆったりとした時間とともに和やかな空気が流れ始めていた。

耳には、シャリシャリと氷を噛み砕く音、時折、チリンとすぐそばで風鈴が鳴る。

そして、


『同情とかまじいらね〜』

『な、この施設のっとろうとしてるんじゃね?』

『あのオカマが施設長になってさ、俺たちの臓器売り飛ばすとか?』

『いやほら、アイツこの野獣そっくりじゃん。アイツの食用として育てられるんだよ俺ら』


『(……食用…?)』

自然と流れてくる物騒な会話に、目を瞬かせながらそちらを見遣る。

桜の木の下で漫画を囲んでいる小学生組が、どうやら“三輪健二”を面白おかしく貶しているようだった。

『くだらねー』

隣で、棒を咥えながら呆れたように少年が呟いた。

確かに、くだらない。

今流行りの漫画やネットの影響か、施設を救ったヒーローは、悪役に成り下がっている。


そんなくだらない空気をぶった斬ったのが、突として現れた彼女だった。


『オネーサン、だれ?』

『澄香、ケンジの従姉妹。』


———戸惑う子供達に誇らしくそう告げた彼女は、目を瞑りたくなるほど酷く眩しくて。


『スミカって新しい施設の名前じゃん!』

『お姉さんが俺たちの事助けてくれたの?!』

『すげえ、ヒーローだ!』

『違う、ケンジだからヒーローは。』

『え〜アイツが?ほら見て、この漫画に出てくる化け物そっくり!』

『全然似てないし。私の大切な人だからそういうこと言わないで。』


———堂々と言い切る澄香さんは、初めからずっと、只管にかっこよかった。