昇降口の床は、濡れた靴の跡でところどころが暗く光っていた。
湿った空気と、ロッカーに並ぶ革靴の匂い。
窓の外では、夕方の雨が校庭を覆っている。
さっきまで遠くで響いていた吹奏楽部の音も、もう聞こえない。
陽介と美咲が階段を下りてくる。
手すりを叩く雨音と、二人分の足音が重なる。
美咲のテニスバッグが肩で小さく揺れる。
部活が中止になったのに、結局こんな時間まで残ってしまった。
「……けっこう降ってるね」
美咲がガラス越しに外を見る。
白い傘がいくつか、もう遠くでにじんでいた。
そのとき、上から柔らかい声がした。
「あれ、陽介と美咲さん、今帰りなの? 部活、雨で中止だったでしょ?」
吹奏楽部を終えた蓮が、トランペットケースを片手に階段を下りてくる。
「蓮くん!」
美咲の声がぱっと明るくなる。
「そうなの、雨で中止。それで図書委員の陽介のお手伝いしてたら、結局こんな時間になっちゃった」
「……手伝いだったか?」
陽介が、ロッカーの鍵をいじりながらぼそりとつぶやく。
「何よ。ちゃんと役に立ってたでしょ」
「ふふ。相変わらず仲がいいね、ふたり」
蓮が穏やかに笑う。
「そんなんじゃない、陽介なんていつも皮肉ばっかり」
美咲が少し頬を膨らませると、陽介は「……」と肩をすくめた。
「蓮、お前、傘持ってないのか」
「あー、うん。まさか降るなんて思ってなかったから」
「美咲は?」
カバンの中を探って、美咲が折りたたみ傘を取り出す。
「私はほら、持ってきてるよ」
いつも入れっぱなしにしてるの、と笑う。
「そしたらそれ、蓮に貸してやれよ。美咲は俺の傘で一緒に帰れば平気だろ」
「悪いよ、雨結構降ってる。陽介の傘にふたりじゃ、美咲さんが濡れちゃうよ」
はっと思いついたように、美咲の顔が明るくなる。
「じゃあこうしよう! 陽介が蓮くんを傘に入れてあげて、家まで送ってあげて」
その声の裏で、ほんの一瞬、陽介を見上げて小声で言う。
「あのこと、聞いてよね」
返事をする前に、パンッと傘を開く音が響いた。
「じゃあね、蓮くん、また明日!」
弾むように外へ出ていく美咲。
雨の粒が傘を叩き、光がきらきらと反射する。
スカートの裾がふわりと揺れて、昇降口の照明の下を抜けるとき、わずかな残り香だけをそこに残して。
陽介は無言でその背中を見送り、蓮は少しのあいだ、その横顔を見つめていた。
──外の雨は、まだ止みそうになかった。
湿った空気と、ロッカーに並ぶ革靴の匂い。
窓の外では、夕方の雨が校庭を覆っている。
さっきまで遠くで響いていた吹奏楽部の音も、もう聞こえない。
陽介と美咲が階段を下りてくる。
手すりを叩く雨音と、二人分の足音が重なる。
美咲のテニスバッグが肩で小さく揺れる。
部活が中止になったのに、結局こんな時間まで残ってしまった。
「……けっこう降ってるね」
美咲がガラス越しに外を見る。
白い傘がいくつか、もう遠くでにじんでいた。
そのとき、上から柔らかい声がした。
「あれ、陽介と美咲さん、今帰りなの? 部活、雨で中止だったでしょ?」
吹奏楽部を終えた蓮が、トランペットケースを片手に階段を下りてくる。
「蓮くん!」
美咲の声がぱっと明るくなる。
「そうなの、雨で中止。それで図書委員の陽介のお手伝いしてたら、結局こんな時間になっちゃった」
「……手伝いだったか?」
陽介が、ロッカーの鍵をいじりながらぼそりとつぶやく。
「何よ。ちゃんと役に立ってたでしょ」
「ふふ。相変わらず仲がいいね、ふたり」
蓮が穏やかに笑う。
「そんなんじゃない、陽介なんていつも皮肉ばっかり」
美咲が少し頬を膨らませると、陽介は「……」と肩をすくめた。
「蓮、お前、傘持ってないのか」
「あー、うん。まさか降るなんて思ってなかったから」
「美咲は?」
カバンの中を探って、美咲が折りたたみ傘を取り出す。
「私はほら、持ってきてるよ」
いつも入れっぱなしにしてるの、と笑う。
「そしたらそれ、蓮に貸してやれよ。美咲は俺の傘で一緒に帰れば平気だろ」
「悪いよ、雨結構降ってる。陽介の傘にふたりじゃ、美咲さんが濡れちゃうよ」
はっと思いついたように、美咲の顔が明るくなる。
「じゃあこうしよう! 陽介が蓮くんを傘に入れてあげて、家まで送ってあげて」
その声の裏で、ほんの一瞬、陽介を見上げて小声で言う。
「あのこと、聞いてよね」
返事をする前に、パンッと傘を開く音が響いた。
「じゃあね、蓮くん、また明日!」
弾むように外へ出ていく美咲。
雨の粒が傘を叩き、光がきらきらと反射する。
スカートの裾がふわりと揺れて、昇降口の照明の下を抜けるとき、わずかな残り香だけをそこに残して。
陽介は無言でその背中を見送り、蓮は少しのあいだ、その横顔を見つめていた。
──外の雨は、まだ止みそうになかった。
